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弟が、実家の裏山の整理をしていて、
うっかりツタウルシにかぶれたと言って大騒ぎしておりましたので、
愚かなヤツと鼻で笑っておりましたところ、
どうやら同じツタウルシにしてやられた模様。

ちょうどそのあたりにタケノコが出るので、
切り倒した木が邪魔になっていたのを、
動かした拍子に触ってしまったようです。

弟は手首まわりでしたが、わたしのほうがタチが悪く、
右頬から耳たぶにかけて、ミミズ腫れのような湿疹が表れました。
肌が弱い方ではないのですが、油断してひっかいて悪化させがちなので,
病院へ行くのが一番とは思いながらも、
お隣さんにすすめられた熊の油を試すよい機会とも思い、
市販薬などは使わずに経過を見ました。

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途中うっかり、ドライマンゴーを口にしたのが火に油を注いだのか、
その翌日は顔半分が火照る感じで最も悪くなりました。
マンゴーはウルシ科で、まれにひどい湿疹が現れることは聞いていました。
数年に一度食べる機会があるかどうかなのに、タイミングが悪かったようです。
ただ、かゆみはそれほどひどくはならず、
その後急速に収束して、
自分から言わなければ気づかれない程度の症状で済んだのは、
やはり熊油のおかげだったのではないかと思います。

ツキノワグマの皮下脂肪から作られるという、
貴重な熊油を知ったのは最近です。
昨年、お隣さんが上越高田に所用で1泊した折、朝市で偶然見かけたという、
その戦利品を得意げに見せて下さったのがうらやましくなり、
この春、頼み込んでご一緒させていただき、
遠路はるばる高田まで買いに行ってきたのです。

効能はほぼ馬油と同じで、特にハチ刺され、火傷などに効くようです。
馬油も万能の治療薬として知られていますが、
熊油は、より産地が近いですし、原料となるツキノワグマは野生の生き物です。
なにより、朝市で販売している翁が、
手ずから抽出しているというところがいいのです。

さて、聞けば原料の熊は、翁が自ら仕留めるのではなく、
妙高の知り合いに熊撃ちがおり、さらに解体の専門家がいらっしゃって、
ご本人はあくまでも精製がご担当なのだとか。
それでも今年は年明けに少し体調を崩されたので、
高田は桜が有名ですけれども、その一番にぎわう時期には出店できずに、
今年初めて店を出したその日に、奇跡的にお会いすることが出来ました。
この冬は熊も不猟だったそうで、
前年の残りが、どうにか1ビンだけあったのを、分けていただきました。

わたくしのほうも、新潟から高速バスで2時間、
朝市ですから、高田で1泊いたしました。
お隣さんには本当にお世話になりました。
結局、随分と高い熊油になりましたけれども、
多くの人たちの手から手へとゆだねられながら、
こうして今、わたしの手元にあることを思いますと、
効能もさることながら、実に思い出深いひと瓶になりました。

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2015.10.18 箕を編む人
わたしの記憶の中で、一番古い手箕(てみ)は、
祖母が小豆を選り分けていた竹細工のそれです。

二十歳そこそこのころ、小さなホームセンターで働いていたときには、
子供の時分から何気なく耳にしていた農作業用具の名前を、
再発見するような具合で覚えるのが、案外楽しかったものですが、
そのころにはもう、手箕といえばオレンジ色をしたプラスチック製のものが主流でした。

それだけではちょっと呼びずらい、
箕(み)という片口の開いたバスケットのようなこの道具のことを、
同じ佐渡人でも、「てみ」、とは呼ばずに「ふじみ」、と呼ぶ方がいて、
どこがどう違うのか、ずっと不思議に思っておりました。

言っている本人に聞いてみても、同じものだとおっしゃいますので、
同じならばなぜいくつも呼び名があるのか、謎は深まるばかりでした。

ところが先日、父がどこからか正真正銘の「ふじみ」をいただいてきて、
長年の疑問が氷解いたしました。

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「ふじみ」というのは、藤で編んだ箕、「藤箕」なのですね。
底の方は特に木の皮の感じが残っています。

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藤の皮で隙間なく編まれた藤箕は、堅牢な反面、
ずっしりと重いものでした。
軽いプラスチックに取って代わられたのも、
やむを得ないことだったかもしれません。

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藤のつるを採るために、山に分け入るところから始まって、
どれくらいの工程を経てこの姿にまで至るのでしょう。
百姓の技術というものは、ただ米を作ることだけではなかったのだと、
改めて驚かされます。

どの集落にも、いわば、
集落の中心と呼べるような場所があるものですけれど、
それは、お寺だったり、神社だったり、
あるいは橋だったりすることが多いように思います。

もう、ずいぶん前になりますけど、内浦のほうで、
夏の間だけ使う、丸太の橋を架けているのを見たことがあります。
集落の力自慢が総出で作業しておりましたけど、
だいぶ難儀しておりました。

そのとき初めて、いつも何気なく渡っていた橋というものが、
いかに壮大なものか、思い知ったように思います。
今は埋め立てられて川でなくなった場所にも、
橋という地名が残っている、という話も聞いたことがあります。

川のこちら側とあちら側をつなぐ橋がなかったなら、
両岸は別の集落であったかもしれません。
橋というものが、なんとなく、
向こう岸の所有物のように感じてしまうのはわたしだけでしょうか。
あちら側に用のない人間には、
踏み込むことの許されない聖域のように思われるのです。

わたしの生まれ育った集落にも、そんな橋があって、
かつては、幼心に近寄るのもはばかられたものですが、
いつしかあちら側の人間になって、橋を渡るのが日常になってしまうと、
そんな神聖な気持ちも薄らいでしまうものです。

それでも橋を渡るたびに、あちら側の領域に入ったと感じたり、
こちら側へ帰ってきたと安堵したりすることが、
今でもしばしばあるのは、不思議なものです。

母の遺品を整理していたら、
衣装ケースの中から、わたしの写真が出てきました。

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なんとなく、見覚えがあります。
小学生のころ、公民館行事で、ドンデン山に登った時の記念写真です。

なんて不貞腐れた顔でしょう。
幸せな年頃のはずなのに、何にも満足していない、
何にも喜びを見出せない、生気のないうつろな表情。
そんな子だったんだなあ。

もし写真の中の彼女に、声をかけてあげられるなら、
教えてあげたいな。
あなたの30年後はなかなか悪くないよ、って。
あなたはきっと、あなたが心底打ち込みたいと思えるものに、
たどり着くことができるよ、って。

2014.10.27 花ぞまがへる
弟の結婚式が近いので、あたふたいたしております。
母がおりませんので、かわりに、
妹の振袖やら、義叔母の留袖やらを準備しているのですが、
はてさて、何がどこにしまってあるものやら。

かれこれ10年近くも前に、母の知り合いで、
もと芸者さんという方から、教室などではなくて、本当に好意だけで、
教えていただいて、なんとか自分の分だけは着ることができます。
今でも着物を着て生活しておられる方の着付けなので、
腰紐3本だけで、どんなに動いても着崩れません。

結婚式の時くらい、着せてもらったら、とも勧められましたけど、
自分で着られないのなら、着ない。
それがわたしらしいのではないかと思って、ちょっと意地を張っておりますの。
だって、着物を着る、という動作のひとつひとつに、
いろんな人の思い出が詰まっているんですもの。

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二階の窓からふと外を見遣ると、枇杷の花が満開。
枇杷って、夏の果実という印象でしょう。
でもその花は、初雪に先がけて白い花びらを散らすのです。
枇杷の夏はここから始まっているのです。

わたしの20代は、振り返ってみれば、
枇杷の花をじっと見つめながら、
いつかやってくるはずの実りの夏を、
まだ不確かな夏を、
悶々と待ちわびているだけの日々でした。
そんな日々の中にも、かけがえのない出会いがいくつもあって、
それが硬い種ともなり、甘い果肉ともなるのだと、
今もわたしは信じているのです。

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