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2010.12.31 国府川の賜物
国府川は、佐渡の中央、国仲平野の西を流れる二級河川です。
佐渡では最大の河川で、小佐渡と大佐渡、二つの山系の水を集め、
ゆったりと穀倉地帯を潤しながら、真野湾に注いでいます。
国仲平野は二つの山系の間に発達した、堆積平野です。
きわめて平滑な地形のため、国府川の汽水域は広く、
海水は平野の中央部まで流れ込んでいます。この川が上流に向かって、
緩やかにさかのぼって行くのを見ることは、珍しくありません。
ボラの幼魚など、汽水に適応できる海水魚は、渓流の間近まで遡上します。
夏の渇水期に入ると、河口付近からは淡水の影響が消え、
オニオコゼやイシダイなどの純海水魚が悠然と回遊し始めます。
川の泥濁りが強いせいで、見た目にいい印象を与えないからでしょうか、
多くの佐渡っ子たちは、「国府川という海」の豊かさには無関心です。

12月31日 13:00 国府川河口

一年の一番最後の日に、好き好んで貝殻拾いをしているのには、
それなりの理由があります。
国府川の河口には、徐々に砂が堆積します。
そのまま放置しておくと、河口をふさいでしまうので、
折を見て砂をかき出しています。この砂は、ただの砂ではありません。
いわば砂浜の砂です。その下にさまざまな生き物の暮らす、砂浜の砂です。
かき出され、積み上げられた砂の周囲には、
この河口に生息している貝の殻が無数に散らばっています。
こんな好都合な貝拾いの場所は、滅多にありません。
ただし(一応)立ち入り禁止なのです。かすれた小さな注意書きが立っています。
常時重機が入っているわけではなく、常駐者もいないのですが、
誰にも見咎められる心配のないときに、存分に歩き回るためには、
今日のような日は最適なのです。

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この場所で収集することの出来る貝殻の第一の特徴は、大きいことです。
二枚貝が多いのですが、やはりプランクトンが豊富で巨大化しやすいのでしょう。
上段左から、バカガイ/サルボウガイ/トリガイ
下段左から、ベンケイガイ/タマキガイ です。
上段はいずれも江戸前の高級寿司種です。食用にも耐えうる十分な大きさがありますが、
佐渡では見向きもされません。

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これはハマグリです。佐渡でハマグリの殻が拾える場所は、ここだけだと思いますが、
けっこうな数が見つけられます。サイズもかなり大きい。
誰も採らないのでしょう。それがちょっと不思議です。
生体を見たいものです。

そのほか、次のような種が目立ちました。

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上段左から、マツヤマワスレガイ/カガミガイ/サギガイ
下段左から、サラガイ/キヌタアゲマキガイ です。
真野湾に特徴的なのは、カガミガイとキヌタアゲマキガイです。
両津湾ではカガミガイのかわりにヒナガイが多く見られます。両者は酷似しています。
サラガイは北方系の貝で、加茂湖の湖口近くの平沢でも見ました。
河口のような場所を好むのではないかと思います。非常に厚く、堅い殻なのですが、
割れやすいので、完全な形で収集出来ることはまれです。

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個人的に注目しているのはイソシジミガイです。
河口域を好み、加茂湖へ注ぐ天王川の河口の泥にもたくさん混入していました。
生体はつやのある黒い皮を被っていますが、はがれやすく、
貝殻になって打ち上げられる際には、濃い紫色で目立ちます。
シジミと名がついていますが、「うちのポチとそこいらのムジナ(イヌ科)」よりは遠い関係です。
産地では海のシジミとして、同様に扱われてきたようです。
シジミは淡水貝ですが、イソシジミガイは干潟を好みます。
干潟の貝のうちでも、より淡水域を好むものほど、
セルロースの分解能力が高い、という可能性が示唆されています。
最も分解能力が高いのは、これまでわかっている限りでは、ヤマトシジミガイの系統です。
植物の体を構成する主成分であるセルロースは、非常に固い(分解されにくい)物質です。
これを分解できる生物は「分解者」と呼ばれ、
生態系の中で重要な役割を担っていると考えられています。

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真野湾、とくに長石浜に打ち上がる貝の中に、
墨で染めたように黒く変色しているものがあります。
このような貝は加茂湖でも多く見られます。これは海底に、
還元性の泥や砂の層があることを示していると言われています。
厚く堆積した泥や砂の下のほうは、どうしても酸欠状態になります。
干潟など、深いところは泥が真っ黒です。
そういう泥の中に長く埋もれていると、殻が黒くなるのだとか。
これは汚染によるのではなく、自然環境のひとつなのだと思います。

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ナミベリハスノハカシパンもたくさん落ちていました。
右のもの、かなりキレイな五角形だと思いませんか。
ハスノハカシパンかなあ。。。
ただの欲目かしら。

もうすぐ2011年です。
さようなら、2010年、たくさんの苦い涙たち。
どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。
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12月31日 12:30 長石浜・国府川河口付近

性懲りもなく長石浜へ出かけてみましたけれど、
ああ、さすがに今日は波が荒すぎます。
貝拾いはあきらめて、漂着物を見て歩きます。
このあたりはアマモの枯葉がかなり打ち上がるはずの場所なのですが、
時期のせいかホンダワラ類の漂着が目立ちます。
これらは流れ藻が吹き寄せられたのではなく、
生育中の若い株のようです。何かの魚の卵が産み付けられていました。

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いくらか混入しているアマモの中に、葉の大きなオオアマモも見られました。
これが打ち上がっていると、本格的に冬だなあと感じます。

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上がオオアマモで、下はアマモです。
葉の巾は2~3倍はあります。葉が大きいわりに、草丈が短めです。
地下茎が太く、根も丈夫なのが特徴です。
オオアマモは北方系のアマモで、主な生育地は北海道です。
北西風の吹き荒れるこの時期、大佐渡沿岸や素浜を中心に、それなりの数が漂着します。
オオアマモが佐渡沿岸に成育しているかどうかは、判断の難しいところです。
1986年に、二つ亀付近で生育を確認したという報告があります。
2009年に県の水産海洋研究所が行った、大規模な調査では確認されていません。
わたしもこのアマモが生えているところは、見たことがありません。
漂着に関して言えば、11月頃から打ち上がり始め、5月頃まで見かけます。
2月頃には花穂が上がり始めます。
いまのところわたしは、佐渡沿岸には、オオアマモは成育していないと考えています。
6~7月に、強い西風が吹いてかなり時化ることがあるのですが、
夏には決して漂着しません。
おそらく寒流に乗って、はるばる北海道から流されてくるのだと思います。

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心配なのは、このあたりの海岸の波当たりが、
年々強まっているように感じることです。
今日は、冬の佐渡としては、それほどの時化ではありません。
それなのに、塩性草地帯まで波が迫っていて、根元の砂がえぐれています。
沖合いのアマモ場がなくなると、海岸の波当たりが強まり、
砂が流出してしまうことはよく知られています。
わたしはスキューバダイビングをしないので、沖合いのことはよくわかりません。
地元の人たちの昔話や、漂着量などから推察される真野湾のアマモ場の現状は、
必ずしも楽観的なものではないと思われます。
12月29日 12:30 長石浜・国府川河口付近

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アルバイトとヤボ用の合間に、ほんの30分ばかり時間が空いたので、
国府川近くの長石浜に立ち寄りました。
木枯らしが吹きすさぶ中、気温が高いのは救いです。
雲の流れが速く、陽の差す場面もあって、
この時期としてはまずまずの海日和(と思うことにした)。
少し波が荒すぎるかと心配しましたが、やっぱり来て正解。
潮流の加減でしょう、
遠浅の海岸一面に、まいたように微細な貝殻が散らばっていました。

お目当てのサクラガイはもちろん、
大量の貝殻がこれほど広範囲に打ちあがっていることは滅多にありません。
サクラガイは、やや殻の厚いモモノハナガイやオオモモノハナガイが目立ち、
カバザクラガイは少なめでした。
長石浜に漂着する貝の種類には、際立った特徴があります。
他の海域よりも、殻が極端に薄い種や、
成長しても極小の、微細な種が多いということです。
この海岸に流れ込む、佐渡では最大の河川、国府川(2級)の恩恵であろうと思います。
川水の強い濁りのために、河口で仮に泳いだとしても、水中の様子はよくわからないでしょう。
しかしこの場所が、佐渡でも指折りの「豊かな海」のひとつであることには、
わたしなりに、かなりの確信を持っています。
川が運んでくる濁りの正体    泥がこの海を育んでいるのです。

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砂粒のように細かい貝殻の中に、細長いトゲのようなものが混ざっています。
泥の海を象徴する貝のひとつ、ツノガイです。
この貝の形状は巻貝を連想させますが、巻貝でも二枚貝でもない、
まったく別の分類になります。
トゲの先端はすべて折れているように見えますが、もともと開いているのです。
ツノガイの仲間は泥や砂の海に暮らし、国府川の河口付近では大量に漂着します。
0.5~2cm程度の大きさで、ルーペなどを使うと、
何種類かあるのがわかりますが、いまのところ、わたしはそこまで。

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「うす紫色のサクラガイ」とも見えるミゾガイは、
ニッコウガイ科ではなくマテガイ科に分類されます。
マテガイ科の貝類が多いこともこの海岸の特徴です。
左のバラフマテガイも、他では滅多に見かけませんが、ここでは多産な種のひとつです。

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オキナガイは、あまりにも薄く、均一で、半透明の純白色をしているため、
ほとんどプラスチック片にしか見えません。
非常にもろく、この貝の完全形を拾う機会は滅多にありませんが、
あるとすれば長石浜しかないと思います。
他所では加茂湖でも生息の記録があります。貝殻も見たことがありますが、
加茂湖は渚がわずかしかなく、残念ながら貝殻拾いには不向きです。

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今回発見だったのは、(斑紋の形状から)
ツノナガコブシガニと思われる殻が打ちあがっていたことです。
このカニは佐渡では加茂湖だけに生息していると聞いていたのです。
加茂湖からここへ流れてきた可能性は、まずありませんから、
少なくとも真野湾内に生息しているのでしょう。環境はそろっていると思います。

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巨大なナミベリハスノハカシパンに出会えたのも幸運でした。
普通に拾えるものと比べると、大きさの違いは歴然としています。
カシパンは、砂浜に暮らすウニの仲間です。
伊豆海岸などで、好んで拾われている(らしい)タコノマクラに近い仲間ですが、
科が違うので「うちのタマと百獣の王ライオン(ネコ科)」よりは遠い系統です。
殻の表面にうっすらと黒みが残っていることがあります。
生きているときには、黒紫色の微細なトゲに覆われているのです。
波に洗われたカシパンの殻は、どれも白色で酷似していますが、
佐渡に生息するものだけでも数種類あるようです。
生体に出会う機会は多くありません。
愛らしい見た目で人気があるようです。
漂着数が最も多いのはナミベリハスノハカシパンだと思います。
探すなら、佐和田海岸か長石浜がいいでしょう。

何気ない貝殻ひとつとってみても、海の奥深さに驚かされます。
世界の無限のひろがりは、渚をほんの50m歩いてみればわかることです。
息つく暇もないほど、朝から晩まで用事の立て込んだあわただしい一日でしたが、
海の豊穣に彩られて、とびきりの一日になりました。
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前日の夜、シャバ(注・佐渡島低地部)にいたときには、雨が降っていました。
「山は大雪だから、気をつけて帰ってね~」
などと冗談交じりに見送られて先方がたと別れ、帰路に着きました。
途中からべちょべちょのみぞれが道路に降り積もっていて、
新品のスタッドレスタイヤが流れるように滑り出し、ちょっとヤバイかなあ。。。
と思っていると、案の定、家まであと500mというところで、
車が雪に埋もれて停まってしまいました。

どうにか待避所に車をよけ、深夜23時、降りしきる雪の中をとぼとぼ歩いて帰りました。
そのときにはまだ、30cm程度の積雪だったのですが、
朝までには50cmほど積もっていました。
山々の木が変形してしまうほどの、湿った重い雪で、
一晩中、生木のはぜる音が聞こえていました。
重みに耐えられなくなった枝や幹が、めきめきとへし折れる音です。
特に、植林されたアテビなどの針葉樹の被害は深刻でした。

朝、除雪車を待って車を掘り出し、家の前の雪かきにおおわらわです。
こういうとき、正直、わたしは生き生きします。
好き好んで山に住んでいるのですから、これくらいの不便は楽しみのうち。
大風や大雪(大雨だけはナゼか好きでない)は、
自然の厳しさと人間の小ささを再認識させてくれます。
それに、嵐が去ったあとの世界の混乱には、
一種の麻薬的な魅力があるとは思いませんか。
枕草子にもこう書かれています。

野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。

野分は台風のことですが、嵐のあとの乱れた垣根や、
満開の萩やおみなえしの上の倒木、疲労した人びとの物憂げな様子にまで、
清少納言ははっとするような美しさを見出しています。
いみじうあはれにをかし、は非常に趣深く素晴らしい、というような意味で、
枕草子では最上級の賞賛かと思います。

女流作家など、紫式部の肩を持つ方が多く、
枕草子のほうが文学的価値が低いのかもしれませんが、
わたしはどちらかといえば、勝気な少納言タイプかも。
あまりに内省的過ぎるより、
嵐を耐えて、ふと顔を上げたとき、世界の明るさが全身を透過ていくような一瞬がある、
そういうときには開かれた魂でありたい。
少なくともそのような願望はあるのです。

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この島に暮らしていると、
人生は途方もなく遠い約束のように思われます。
手塩にかけたアテビを失った方々は、本当に気の毒だったと思います。
名もないけれど素晴らしい山桜の老木も何本か、失われてしまいました。

だいぶ風はおさまったようですが、
まだ時折、空のうなり声が聞こえてきます。
船便も欠航が続いているようです。
予報は引き続き荒れ模様ですが、気温は、少し上がりました。
気温が下がるときには、水が冷たくなります。
雪が降りそうなとき、蛇口から出る水が、しびれるほど冷たく感じられます。
そういうときは、水を少しずつ出しておかないと、
この家では昼間でも凍り付いてしまいます。
今朝、手を洗ったとき、水がぬるい感じがしました。
こういうときには、雪が降っていても、気温はさほど低くはならないのです。

昨日の夜は、一晩中、蒔ストーブを温かく保つことが出来ました。
これがわたしには難しいのです。そのつもりで薪を入れておいても、
たいてい朝には冷え切って、しん、と静まり返っています。
今使っている木はウラジロガシだと聞いています。
堅く火持ちはいいのですが、
着火しにくいのと、煙の刺激が強いのが難点です。

これは実家に生えていた木で、直径50cmほどですが、
中央に空洞のある立派なものでした。
空洞には、ふかふかで粒子の細かい、真っ黒な土がぎっしり。
土は堆肥代わりに庭にまきます。
薪にするとき、幹の中にアリの巣が出来ていたのは、まあ許容範囲なのですが、
何十匹ものカミキリムシの幼虫が出てきたのには、さすがに閉口しました。
これは食べられる昆虫の中では、最もおいしいもののひとつだとか。
バイト先の庭に生えていたキノコを食べつくすほど神経の太いわたしでも、
さすがにムリ。
薪を使う張本人が食べるのが、道理にかなうことではあるのでしょうが、
これも庭にまいて、鳥か、小動物たちに消費していただくことにしました。

この木1本で、わたしひとりが冬を越すのに十分な薪を得られます。
朝ほんの十分の身支度用には不適なので、
ファンヒーターなどと併用していますが、灯油代はかなり節約できます。
わたしが薪ストーブを使えるのは、
金銭的にどうこうではなく、恵まれた境遇にあるからであって、
皆がこれを使って二酸化炭素の削減に貢献する、などということは、
いかに森林面積の広大な日本でも不可能だろうと思います。
そういうものを、“環境に優しいエコ暖房”と言い切るには抵抗がありますが、
薪ストーブが日々の暮らしを豊かにしてくれることだけは確かです。

以前、ある素敵なお店で見かけたお洒落なご夫婦は、
秋なのに、とても厚着でした。
店のご主人によると、暖房を極力使わないよう暮らしておられるので、
厚着して寒さをしのぐのだろうとのこと。
こういうことは、万人に出来ることです。
日が短くなるとすぐに、暖房器具を引っ張り出してしまうわたしは猛省して、
最近はありったけの服を着込んでいます。
家にいる間はいいのですが、よそへ行くたびに、
暑い!と叫びながら脱ぎちらかすわたしを、みんな驚いたような顔で見ています。

薪ストーブの楽しみのひとつは、豆を煮ることです。
鍋をストーブの上に置いておけば、いつの間にか、ごくごく弱火で火が通ります。
豆を煮てゆったりと過ごすには、冬は最適の季節です。
雪がしんしんと降り積もったり、
今日のように風が強かったりして、家から一歩も出たくないような日は、特に。
お正月のあんこ用に、昨日かけておいた小豆も、だいぶふっくらしてきました。
この火加減なら、どんな料理下手でも(たぶん)大丈夫。
調子にのって、次は黒豆でも煮ましょうか。
2010.12.24 サクラガイ考
うっかり、サクラガイ拾いの時期を逃してしまったようです。
佐渡は当面荒れ模様の予報。
サクラガイのような繊細な貝を探すには、
風の静かな小春日和や、冬日和が最適なのです。
10月~11月、もしくは2~3月の波の穏やかな日がねらい目です。
かつては、佐和田海岸でサクラガイを拾う人びとの姿が、
初冬の風物詩として語られました。
現在は、そのような人びとの姿はどこにも見当たりません。
佐和田では、ほとんど打ち寄せられなくなったからだと言われています。

今日(こんにち)、サクラガイを探すなら、
長石海岸の、国府川河口近くがおすすめです。
在りし日には到底及びませんが、それでもちらほら見受けられます。
時折波が洗うような、ごく波打ち際を探すのがコツです。
サクラガイのように薄くて壊れやすい小さな貝殻は、
さほど遠くまでは打ち上がりません。

わたしたちが漠然とサクラガイと呼んでいる貝には、数種類あります。
サクラガイのほかに、カバザクラガイ、モモノハナガイなどがあり、
真野湾で最も数多く打ちあがるのは、カバザクラガイだと聞いています。
このあたりの詳細な同定は至難の業で、わたしなど、はなからあきらめていますが、
もう少しサクラガイの仲間に範囲を広げると、
興味深い傾向が見えてきます。

サクラガイはニッコウガイ科に分類されます。
ニッコウガイ科の中でも、
特にサクラガイに類似した仲間について見ていきましょう。

いわゆるサクラガイが多く打ち上がるのは、真野湾の沿岸です。
桜色をした、半透明の薄い殻です。
こういうもろい殻は、激しい波浪を生き延びたり、
砂の中に深くもぐったりするには、不向きであろうと思います。
このことが、サクラガイの生育場所を限定しているのでしょう。


カバザクラガイ 他 (長石海岸他)

これに対して、両津湾岸や、小佐渡沿岸でよく見られるのは、ベニガイです。
片側の尖った独特の形状で、濃い桃色です。
殻はやや厚めで堅く、しっかりしています。
サクラガイよりも大型で、4cm前後になります。
こちらは幾分、波当たりの強い環境に適応していると思われます。

ベニガイ (両尾・平沢・多田)

いずれの貝も、河口近くなど、
淡水の影響が強い海域ほど数が多いように感じます。
貝の表面にはしばしば、キレイな丸い孔が開いていることがあります。
人間が開けたのではありません。肉食の巻貝が、
これらの貝の中身を食べるために、溶かして開けたのです。
このような獰猛な巻貝としてよく知られているものに、
ツメタガイの仲間があります。
真野湾ではツメタガイが優勢ですが、
それ以外の場所では、ウチヤマタマツバキガイの割合が多くなっていると思います。
写真は左がツメタガイ(佐和田)、右がウチヤマタマツバキガイ(多田)です。
一見よく似ていますが、ウチヤマタマツバキガイは、
C型のヘソ孔と、その中にこびりついている黒い"ヘソの緒"(臍帯)が目印です。
("ヘソの緒"は大半は欠落しています)

左・ツメタガイ (佐和田)  右・ウチヤマタマツバキガイ (多田)

最後に「加茂湖のサクラガイ」についてお話しましょう。
よく、加茂湖は海ですか、湖ですか、と聞かれます。
年に1、2ヶ月程度、一時的に表層水の塩分濃度が下がる時期もありますが、
ほとんど海と言い切って差し支えないでしょう。
加茂湖は泥の海底を持つ特別な海です。
海底が泥で覆われているのは、キタナイからではなく、
普通の海なら流れ去ってしまうような、
粒子の細かい泥が降り積もるほど、穏やかな海だからです。

この水没した干潟のような海に住むサクラガイは、ユウシオガイです。
純白~橙味の強いものまで、変化に富んだサーモンピンクが特徴です。
殻は丸みが強く、堅めです。
みっちり堆積した緻密な泥は意外に硬く、重いものなので、
その中で生きるには、こういうしっかりした殻が必要なのでしょう。

ユウシオガイ (加茂湖)

加茂湖では、貝を打ち上げるほどの波が立つことは、滅多にありません。
貝殻の多くは、それが命を終えた場所に沈んだまま、泥に埋もれていきます。
ユウシオガイの殻を探すなら、樹崎神社の周辺の浅瀬に目を凝らすといいでしょう。
ほぼ手付かずの環境が残っているのと、
いくらか波が打ち寄せるので、貝殻が泥の表面に浮いてきているのです。

他の場所のサクラガイの仲間とは違って、
ツメタガイなどの穿孔(せんこう)の形跡が見られないことは、注目に値します。
生きた貝の殻を溶かして、中身を吸いだしてしまうような、
捕食型の貝が生息していないことを示唆(しさ)しています。
もっとも近年は、放流されるアサリの稚貝に混じって、
このような巻貝が、加茂湖にも侵入していると言われています。
今日から日本海側は大時化の予報です。
昨日、予定外に時間が空いたので、大慌てで庭の冬支度を終えました。
さあ冬、いつでも来い。
新潟県は豪雪地帯として有名ですが、それは越後の内陸部のことであって、
佐渡は越後ほどには積もりません。
海に囲まれているからです。厳寒期でも海水温は10℃前後あるので、
気温もさほど下がらず、比較的温暖なのです。

今住んでいる家の上には、あと1軒しかありません。
佐渡ではかなり山のほうに住んでいると言えます。
当然、積雪量は多いですが、わたしは越後の長岡に住んでいたことがあるので、
ちょっとやそっとの雪では驚きません。
長岡では、気温が0℃近くまで下がって、やっと雪が降り始めます。
1週間もしんしんと降り続いたことがあって、わたしはおろおろしていましたが、
越後人たちは気にも留めない様子でした。
佐渡では、雪は5℃くらいでも降ります。
空模様はめまぐるしく変化し、猛吹雪の日でも、
神様の気まぐれのように陽が差したりします。

越後では青大豆の生産が盛んです。
佐渡でも転作で作っているところがあるので、見かけたら買うようにしています。
青大豆の豆乳は、うっとりするような淡い鶸色(ひわいろ)で、
普通の大豆で作ったものより飲みやすく、おいしいように感じます。
それに、おから。これが本命なんです。
自家製のおからは粒が粗く、豆乳分もたっぷり残っているので、
ケーキに混ぜ込んで、ナッツのように使うことが出来ます。

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今日はこのおからを使って、クリスマスケーキの代わりに、
青大豆のチョコレートケーキを焼きました。
わたしが作るとどうしても無骨な外見になってしまうのですが、
本当にナッツが入っているようなコクと歯ざわりです。

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もしお試しになるようでしたら、バターを練って作る、
一般的なチョコレートケーキのレシピに加えてもよいと思います。
わたしが使っているのは、
藤野真紀子 『イギリスで夢のようなティータイム』 鎌倉書房
に載っている「リッチチョコレートケーキ」のレシピです。
小麦粉のほかに、パン粉とヘーゼルナッツの粉を使う特殊な配合ですが、
ヘーゼルナッツのかわりに、青大豆のおからを少し多めに加えて作ります。

この本のレシピは、材料が凝っていて手間のかかるものが多く、
今風ではないかもしれませんが、手作りの楽しさを再確認させてくれるような気がして、
折に触れて開いてしまいます。

2010.12.23 ふゆる冬
12月22日は冬至でした。一年で一番短い昼と、一番長い夜。
夏至や冬至の前後1、2ヶ月ほどは、昼と夜の長さが極端にアンバランスになります。
こういうふうに、「世界の不均衡」が生じる時期に、
自然と共に暮らしていた古代日本人たちは、
精霊を祭るための重要な祭事を執り行ってきました。
今、古代人と書いたのは、遅くとも縄文期の人びとであって、
奈良期ですら近代的すぎる、というのが、折口信夫の考えだったようです。
詳しくは、
『古代から来た未来人 折口信夫』 中沢新一 ちくまプリマー新書
をどうぞ。
忘れられた民俗学者・折口信夫の、驚異的な思考の一端に触れることが出来ます。

折口は、冬至の前後には、
(この世に恵みをもたらす古代の神である)「精霊の増殖と霊力の蓄えが行われる」
と考えました。だから冬は、ふえるとか、ふやすを意味する「ふゆ」と呼ばれるのである。
わたしは民俗学のことは皆目わかりませんが、
海を見ていると、この考えの正しさに愕然とします。
冬、海藻は生い茂り、
荒れ狂う波が、大量の酸素を海中に溶かし込みます。
産卵のため、普段は100mくらいの深い海に暮らす魚たちまでもが、
岸近くまで上がってきます。
早春、日が差すようになると、雪解け水が一気に海へと流れ込みます。
豊富な陸水の養分と、降り注ぐ日の光を受けて、
植物プランクトンが爆発的に増殖します。
プランクトンはたくさんの稚魚を育てます。

古代人はこういうサイクルを、科学的には知らなかったでしょうが、
経験的に、実感として理解していたと思います。
豊かな海の恩恵は、厳しい冬の賜物なのです。

さて、昨日のうちに煮ておいた人参とカボチャが軟らかくなっていたので、
ミキサーにかけて、塩で味付けします。
スターアニスをほんの1分沈めておいて、香り付けをすれば出来上がり。
本当にこれだけ。
ポタージュっぽい雰囲気ですが、牛乳もタマネギも油もなし。
今は疎遠になった知人から聞いたレシピですが、簡単でおいしいので、
この時期何度も作ります。
もともとどなたのレシピだったかは、聞いたのですが、忘れてしまいました。

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このあいだ、ずいぶん積もってしまったので心配していた雪も、
ここ何日かですっかり溶けてなくなりました。
今日一日晴天の予報だったので、
サクラガイでも拾いに行こうと思っていたのに、
期待していたほどのことはなくて、午後には雲が厚くなってしまいました。
あまり気が乗らないのですが、地面が見えている今のうちに、
どうしてもやらなければならない冬支度があるので、
そちらを済ましてしまうことにしました。

トイレの中身を抜いておかねばならないのです。
今借りて住んでいる家のトイレは、コンポストトイレです。
これ、聞かれてもうまく説明できないのですが、
生ゴミ処理用に、庭先に置いておくコンポストがあるでしょう。
あのコンポストの上に、洋式便座が乗っかっているような代物で、
用を足したら土をかけておきます。
便槽の下に引き出しがついていて、
溜まった土(と排泄物)を時々抜いてやります。
抜いた土(と排泄物)は、畑に埋めます。

わたしはトイレの土(と排泄物)を宝物と呼んでいます。
この家の畑は、斜面を削ってならしたばかりの土地で、
まったく肥料っ気のないひどい荒地です。
一年目は雑草も生えなかったとか。越してきてすぐ、
荒地でも育つというハーブを数種類植えてみましたが、
ことごとく枯れました。
お百姓さんに相談すると(かくいうわたしも百姓の娘ですが)、
こういう土地を畑にするには、最低でも十年はかかると言われました。
いま、それでもわずかばかりの収穫を得られるのは、
宝物のおかげです。
宝物を埋めた場所だけ、農作物が育つのです。

一人暮らしなので、年に3~4回抜けば済むことです。
それでも心が浮き立つような、楽しい行事ではありません。
ついつい先延ばしにしてしまうのですが、
これをしなければ来年のじゃがいもはない、
と思うから、えいっと気合を入れてやるのです。

大家さんがこの家を建てて、新築のお祝いに初めて訪れたとき、
なんて画期的なトイレだろうと思いました。
こんなトイレのある家に暮らしたい。
まさか数年のうちに実現するとは、夢にも思わなかったけれど、
その気持ちは今も変わっていません。
このシステムなら、塩素を一切使わずに、
自分の排泄物を、自然に還元することが出来ます。
わたしは「自給自足」という生き方には懐疑的ですが、
自分の排泄物を自分で処理しているのだ、と思うと、
少しは誇らしい心地がします。

宝物をすっかり埋めてしまって、トイレを磨き終えると、
ああ、すっきり。
これで来年の春まで、「いつ抜くべきか」と苦悩する必要はなくなりました。
じゃがいもも植えられます。わたしは断然、「男爵」派です。

明日は冬至です。今夜のうちにかぼちゃを煮ておくとしましょう。
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晴天に恵まれた一日となりました。
本格的に雪が積もってしまう前に、
やっておかなければならないことは山のようにあるのですが、
昨日、いい風が吹いたので、今日は自分を甘やかすことにして、
あちこち寄りながら、小佐渡を半周してきました。

いい風、と何気なく書いてしまいましたが、島外の出身の人たちから、
「いい」って、どういう意味ですか、とよく聞かれます。
いい風、いい雨、いい雪、いい水が出た(増水した)・・・
佐渡弁でしょうか、島の人たちは日常的に使っています。
語意は良いではなく、大洪水を引き起こすような豪雨のことでも、
「いい雨」と言ったりしますから、
強いとか、量が多いとかいう意味なのではないでしょうか。

風が吹くと、海は荒れ、
さまざまなものが巻き上げられ、打ち寄せられます。
時化のあとの海岸には、海からの贈り物が届いているかもしれません。

12月19日 13:00 多田漁港 10.7℃(表層) 

海水浴場のすぐ隣にある多田(おおだ)漁港に立ち寄って、
港内のアマモを観察します。
ここでは4種のアマモの仲間を見ることが出来ます。
海草はしばしば混生しますが、もともと種類がそう多くないので、
4種もの海草が混生している場所は、比較的珍しいといえます。
多田漁港のアマモについては、またの機会にゆずりましょう。

漂着している流れ藻(海草は厳密には藻ではないが)の中に、
エビアマモの葉とコアマモの蕾が混入していました。
エビアマモの生育は、この付近では確認されていません。
風向きなどから考えて、産地の可能性が多少なりともあるのは、内海府です。
少し遠すぎるような気がします。
コアマモは、秋から開花が続いていたのでしょうか。
折り悪く満潮で、穴の開いた胴長といういでたちだったので、
港内のコアマモ群落からの採取・確認はきらめました。

12月19日 13:30 松ヶ崎中学校前 12℃(表層)/14℃(下層)

表層水は淡水のようです。
アマモの葉の表面には毛のような紅藻(こうそう)がびっしり生えています。
以前あったコアマモ群落は確認できませんでした。
階段状護岸には帯状分布が現れています。

12月19日 14:30 両尾(もろお)海水浴場 
              14.8℃/12.5℃(タイドプール)

この場所には、17日にも来ています。
そのときは、前日に吹いた風が不十分だったのでしょう、
めぼしい漂着はありませんでした。
今日は、お目当てのものに出会えました。アオイガイです。

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カイと名がついていますが、中に入っているのは貝ではありません。
タコです。カイダコとも呼ばれます。
12月頃、全島的に漂着しますが、
両尾海水浴場は、状態の良さや、数の多さで傑出しています。
薄い半透明の殻の表面には、
細工を施したかのような、繊細な波模様があります。
同じくらいの大きさのものを二枚組み合わせると、アオイの葉形になります。
この完璧な造形美は、古くから珍重されてきました。
付近の漁師たちは、大きくて損傷の少ないものを、
家のお守りにしたりもするそうです。

佐渡に漂着するカイダコは、一種の死滅回遊と考えられているようです。
わたしは生体(もしくは死体)を見たことはありません。
地元のひとや、両津湾で作業することの多い潜水士さんは、
そんなものは珍しくもないと言います。
うらやましいなあ。
あるひとにとっての日常が、別の誰かにとっては奇跡かもしれません。
わたしにもいつか、そんな夢のような出会いがありますように。

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両尾の砂は暗い灰色ですが、白い帯が現れている箇所もあります。
帯に目を凝らすと、その正体が無数の貝殻であることに気付くでしょう。
両尾はまた、素晴らしい貝溜まりの場所でもあるのです。
たくさんの貝が生息している場所でも、
たくさんの貝殻が打ち寄せられるとは限りません。
ただ、場所によって、漂着する貝殻の種類にはある程度の偏りが見られ、
それらの生息環境は、近辺の海の様子と一致するので、
貝殻が波に乗って遠くまで運ばれることは、多くないと思います。
たいていの貝殻が、海水より重いからではないかと考えています。

両尾で見られる貝殻の種類については、またいつか。
特筆すべきものは、ケマンガイ(マルスダレガイ科)です。
わたしは佐渡の他の場所では、この貝殻を見たことがありません。

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5年程前にはけっこうな数が拾えました。
いまは、探すのにひと苦労です。
単にわたしの見落としだとよいのですが。

何年か前に、東海岸一帯が記録的な高潮に見舞われた年があり、
両尾海水浴場の風景も一変しました。
わたしはここでは磯歩き専門で、滅多に泳がないので、
沿岸の様子から推察するしかないのですが、大量の砂を失ったようです。
もしかしたらそのこととも関係があるかもしれません。

12月19日 15:30 河崎・久地川河口

ここにも、もしかしたらアオイガイがあるかもしれないと思って、
何気なく立ち寄りました。
アオイガイは、大小たくさん持っているのですが、
魅力的なので、いくつあってももっと欲しくなってしまいます。
残念ながら、アオイガイは見当たりませんでした。かわりに、
80cmはあろうかと思われるサケの死骸が3匹、打ちあがっていました。

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大きさを比べるものがなかったので、履いていたブーツが一緒に写っています。
わたしは大足で、靴の長さは30cmあります。
本土に比べると、佐渡の河川はどれも貧弱です。
それでも少しずつですが、あちこちにサケが遡上しているようです。
ふつうサケは産卵を終えて川で死に、山の森の養分になります。
海の栄養が山に還元されるのです。
死体が流されて、海に返ってしまうのは、
川の長さが短い佐渡では仕方のないことです。
それでも無駄にはなりません。海の養分になるのです。

美しい貝殻を見ていると意識しにくいことですが、
海の贈り物の多くは、死によってもたらされます。
砂浜を白く染め上げる無数の貝殻も、かつては、
すべてが生きて、動いている貝だったのです。

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サケの体をよく見ると、まだうっすらと、
婚姻色の赤い縞模様が残っていました。
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