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春の嵐は、普段目にすることのない深海を、
わたしたちの身近に引き寄せてくれます。

産卵のために、春、浅い海に移動してくる深海魚たちは、
あまり遊泳能力が高くありません。
ひとたび荒れ狂う波に飲まれてしまうと、
彼らにはもうなすすべがないのです。命がけの浮上です。

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江積(えつみ)の波蝕台(はしょくだい)に打ち上げられていたのは、
何かの深海魚の一部かしら。ウミネコにつつかれていました。
平べったい身体ですね。サケガシラかしら。

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表面のウロコ?の感じがちょっと違うようですけれど。
細かい水玉模様を、立体プリントしたみたいになっています。
サメ肌っぽいザラッとした手触りです。

小木半島で見かける漂着物は、
他の地域とは幾分、趣が異なるように感じられます。
浅い海では海藻が岩肌を覆っていますが、日の差さない暗い海では、
カイメンや、いわゆるソフトコーラルような、立体的な動物が優勢になります。
海藻に混じって、そのような動物体の破片が多く打ちあがるのです。

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一帯に広がる広大な波蝕台の先端では、海が、
ひと息に10mも落ち込んでいると聞いたことがあります。
もともと、深い海と渚が隣り合っている地形なのでしょう。
この波蝕台は、江戸時代に小木を襲った大地震によって、
海中の台地が隆起したものであるといわれています。

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大地の躍動を実感させてくれる、枕状溶岩の不思議な文様。
海底火山から噴出した溶岩が、急冷されて生じるのだとか。

小木は島の中でもとりわけ、異国のような不思議な雰囲気のあるところです。
とくに、観光客もまばらな、沢崎から井坪をめぐるぐるりの方が、
本来の姿をとどめているように思われます。

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神子岩(みこいわ)の裾野に、片寄せあいながら、
ほんの数件が残るばかりの白木は、たらい舟発祥の地と伝えられています。
いつだったか、このあたりの老婦人が、
ここは人間の住むとこじゃあねえわさ、とつぶやいておられましたけど、
確かに大変なご苦労がおありだったでしょうけれど、
この絶景が、まるで当たり前のもののようにして過ごす子供時代は、
どんなに素晴らしい財産になることか。

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勉強不足で詳しくは知らないのですけれど、
海岸段丘と波蝕台、そして神子岩が現れるこのあたりの地形は、
地質学的には大変興味深いもののようです。
そんな大げさな立て看板もなくて、ただ心地よい春の陽気があるだけ。

今ほど交通の便がよくなくて、滅多に来ませんでしたけど、
父親の磯釣りにつき合わされるようなときには、少女のわたしは、
一日中でもこの波蝕台の上で遊んでいられたものです。

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神子岩の裏にウミウたちのねぐらが見えます。
黒い溶岩の岩肌が、フンで真っ白に染め上げられています。
鳥たちもそろそろ子育ての季節かしら。

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2012.03.28 大いなる遺産
今の家はとても気に入っていますけど、
実家はわたしにとって、一番の宝物です。

小学生の課題作文みたいな書き出しになってしまいましたけど、
かけがえのない、幼い日の記憶につながっているばかりでなく、
ちゃんと大人の事情もあるのです。

北向きの斜面は、年中じめっとしていて、
家は寒く、かび臭く、ヘチガネの巣窟で、その分、まあ夏は涼しいのですが、
日当たりが悪くて、何を植えても思うように育ちません。
そんな場所で、ひとつだけ、何が気に入ったのか、
大繁殖している植物があるのです。

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冬でも青々しているこの下草が全部、そう。
わさびなんです。いわゆる畑わさびだと思います。
これは、ほんの一画です。

気丈な曾祖母の尻に敷かれる鬱憤を、
草木を植えることで紛らわして生きた曽祖父が、
どこからかもらってきたのが、種で殖えて一面に広がっているのです。
よほど土が合うのか、たちまち大株になって、
根も、小指くらいの太さには育ちます。
ひとに差し上げると喜ばれるので、
一時期、わたしがかなり採り尽くしたんですけど、
最近また、ぐんぐん盛り返してきています。

長年の試行錯誤の末、母はこれを、ものすごく辛くさわすことが出来ました。
そのやり方を見ることも聞くこともなく、
逝かせてしまったのは、本当にもったいないことをいたしました。
乾煎りするとか、さっと湯にくぐらせてよく揉むとか、
ひとによって様々に秘訣があるようです。
酒豪の方々は、とにかく辛く、とおっしゃいますけど、
個人的には、あまり辛すぎても食べにくいものです。

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阿部なをさんの本に載っていた方法が、簡単でしたので試しました。
塩水で洗って水を切り、ざくざく切って、ビンに詰め、
熱湯をまわしかけて、そのままフタをして、3時間程度放置するだけです。

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さすがに、料亭の味といった雰囲気に仕上がります。
食べるときに、白だしをかけるのがわたしの好み。
辛すぎないぶん、一度栓を開けると、気が抜けてしまうのも早いのですが、
お茶漬けに、汁ごとたっぷり乗せて頂くにも、食べやすく感じました。
酒の肴に、ちょっとずつ味わいながら、長く食べ続けるには、
なるほど、もっと辛く漬ける必要がありそうです。

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久しぶりに実家のまわりを歩き回ってみると、
下界の春が早いのには驚くばかり。
雪踏み分けて探し回り、結局花を見ることは出来なかったマンサクも、
ここではもう満開です。

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足元には福寿草。キクザキイチゲも花首をもたげています。
よく、東欧あたりで、ヒアシンスやシクラメンが、一面に自生している写真を見ると、
おとぎの国ではなかろうかと見入ってしまうものですけれど、
その国はきっと、わたしたちの生活のすぐそばにもあって、
妖精たちが舞い降りるときは近いのです。

2012.03.27 Distant Traveler
井坪にスイセンの花を尋ねました。

小木半島は野生のスイセンの多いところです。
とくに井坪から琴浦に至る、半島の先端部には多く見られます。
このあたりは、かつて北前船の寄港地として栄えたように、
こんにちでも、温暖で良好な天候に恵まれ、
いち早く春の訪いを受ける季節の玄関口になっています。

井坪はスイセンの開花が早く、
それが日当たりのよい、集落の海べたの墓地に密生しているさまは、
いかにも当地にふさわしく、わたしは好きなのです。

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冬の潮風に吹かれて、痛んでいるぼさぼさの葉先や、
まだ肌寒いうちから、次々と伸び上がってくる花芽の力強さ。
その野趣とは対照的に、自然の妙技に感じ入るばかりの可憐な花からは、
春のそよ風に合わせて、すがすがしい芳香が漂います。

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馥郁たる、とは、まさにこの花のためにあるかのよう。
香りを写真に残せないのは残念です。

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スイセンはその姿の美しさゆえに、原産地の地中海沿岸から、
シルクロードを経由して中国に至り、海流に乗って海を渡った球根が、
日本海沿岸に野生化したと言われています。
その数の多さから考えて、大陸からにせよ、日本に一度定着したものにせよ、
一部は小木半島にも漂着したのでしょう。
そしてやはりこの島でも、その端麗さが愛され、
こんにちでは、島内のあちこちで見ることが出来ます。
佐渡の反対の突端、藻浦で見たときには、深い感動を覚えずにはいられませんでした。

こうした歴史を踏まえて見ると、ニホンスイセンなどという呼び名は、
ちょっと滑稽に思われます。
花は八重咲きですから、種子は出来ません。
球根の分けつによる、クローン増殖で分布域を広げているのです。
この太古からの孤独な旅人は、ときに荒れ狂う海の流れに、
またときには、人の手に身をゆだねて、今も、
幾世紀にわたる壮大な旅の途上にあります。

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井坪の海は春の嵐に泡立っていました。
その泡が黄緑色をしているのにお気付きですか。
すでに大発生している植物プランクトンが、冬には白色をしていた波の花を、
自らの色に染め上げているのです。

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舟揚げの波打ち際には帯状分布が現れています。
上から下まで、しっかり色が残っていますね。
間もなく、気温の上昇や天候の回復に合わせて、白化枯死が進み、
これらの色彩は急速に失われてゆきます。

こぢんまりとした、小さな砂浜ですが、
小木半島の井坪には、わたしが知る限りでは、
佐渡で最も白い砂浜が広がっています。

若さに任せて、島のいたるところで、砂を集めて回った時期があり、
手元にいくつものサンプルが残っているのですが、井坪は別格です。
海岸の砂は、塩分もあって、乾くと白さが増すので、
粒子の細かい内海府あたりのものも、かなり色は薄いのですが、
つまるところ、砂でしかありません。

井坪の海岸が白いのは、南国のそれが白いのと、原理が似ています。
南洋の島々で、サンゴなどの動物の骨格が砂にかわるように、
井坪では、貝殻が砂になるのです。
素浜では、露出した泥岩が削り取られて砂が生成されますが、
井坪ではすでに枕状溶岩の波蝕台が隆起しています。
黒い溶岩台地の上に、微細な貝殻片が堆積して生まれたのが、井坪の砂浜なのです。

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冷たい海が時化るころには、常夏の島の海岸に、真冬の日本海の荒波が押し寄せる、
不思議な光景が広がります。
つい白砂にばかり目がゆきがちですが、
この砂浜の真価は、実は、その砂が、
ところどころ黒ずんで見える箇所にこそあるのだと気付いたのは、最近です。

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そのような場所は、多くはないのですが、
砂鉄が打ち上がっているときのように、打ち寄せる波の姿に沿って、
汀線のあたりに現れます。一見したところ、灰色に見えるので、
溶岩が砕かれて出来た砂だろうと考えていました。
小木半島の先端部には、そのような黒い砂浜が点在しているからです。
ところが、よくよく目を凝らすと、
実際には暗いオリーブグリーンであることがわかります。

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この暗緑色の砂は、とても重いのです。
肉眼では判然としないので、持ち帰って、顕微鏡をのぞいて見たら、
理由がわかりました。
緑色をしていたのは、すべて、透明な結晶の粒だったのです。

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40倍にしています。
これで無選別の状態です。いいえ、あるいは、
波が選別したそのままの成果、と言うべきでしょうか。
素人判断ですが、火山岩に含まれるカンラン石ではないかと思います。

潮流なのか、貝殻という特殊な砂との相性なのかはわかりませんけれど、
長い年月をかけて、
波に砕かれた溶岩のうち、選び抜かれた成分だけが打ち上げられ、
最も白い砂浜の汚れのように見せかけながら、ひそやかに、
これらの宝石たちは、一体、誰のために集められてきたのでしょうか。

2012.03.25 つらつら椿
今日もまた雪が降っています。
寒いのは、いっこうにかまわないのですけれど、
あとから急に気温が上がって、
梅と桜がごちゃ混ぜに咲いているような春は、
どちらも風情が半減して、なんだか損した気分。
そんな春にならないことを祈るばかりです。

今のところ、寒さの恩恵を一身に享受しているのは、椿じゃないかしら。
早いうちから暖かくなってしまうと、
蕾がいっせいに開いて、色合いも浅く、
いつまで咲いているつもりかと思わせるような、
無粋で、ぼてぼてした感じになりがちですけれど、
名残雪をまとって、全体の3分咲きくらいになっている今は、
我が世の春を、ひとり高らかに謳歌しているみたい。

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椿は、ヤブツバキが好きです。
照り映えるような松葉色をした葉の1枚1枚が、何かをくるむように、ほんのり丸まって、
白練の幹を包んで生い茂っている様も、
ふと目を上げたあたりの枝先に、開いたばかりの1輪、2輪が差し掛かっているのも、
田のくろの小道を、じゅうたんのように落ち椿が覆っているのも美しい。

海岸に多く、暖地要素でもあり、かつて西三川村と呼ばれた一帯では、
特に多く目に付くように感じられます。
植えたものか、自然に生えたのを活かしたものか、もはや判別がつかぬほどに、
あちこちの生垣や、田畑の脇の防風林にもヤブツバキが並んでいます。

ユキツバキよりもヤブツバキがいとおしく思われるのは、
人びとの生活の風景につながっているからでしょうか。
見えない物語を、優しく包み込んでいるようなヤブツバキの小道。

変異の多いツバキは、父の趣味でもあるのですが、
ユキツバキ系のほうが寒さに強いとわかっていても、
やはりヤブツバキ系に心惹かれるようです。
わたしは侘助が好みです。ト伴も素晴らしく、実家にあるものは、
家の陰に植えられているので、花付があまりよくないのですが、
それがかえって、この遅咲きのツバキには似つかわしく、
貴重な一枝を手折る瞬間には、いつも心が震えます。

カメリアと呼ぶのがふさわしいような、八重咲きのツバキは、
曽祖父が愛した木です。いたるところに植わっていて、
子供の時分から見慣れてしまったので、わたしは若干食傷気味。
椿の勘定に入れるのも、なんとなく釈然としません。
サザンカのように、全くの別物と思って見ると、
木陰のティーテーブルに置いた、金属製の盆に、
無造作に花だけ浮かんでいるのなんかは、
けっこういいものかもしれません。

しとしと、雨に塗り込められた、湿っぽい暁闇の底から、
さびしい風のような、鵺(ヌエ)の声が響いています。

下界の人々が、ウグイスの呼び声に春を実感するように、
山里では、降りしきるぼた雪の彼方から、
アカゲラのドラミングが聞こえてくるときが、冬の終わりを知るときであり、
鵺の声にふと目覚める暗い朝が、
春の到来をかみしめるときなのだと、わたしには思われます。

悲鳴のような薄気味の悪い鳴き声のために、
サルの顔に虎の手足を持つと考えられた妖怪、鵺の正体は、
ヒヨドリほどの大きさしかない、臆病なトラツグミでした。
子供の時分から、寝つきの悪かったわたしには、
皆が寝静まったあとに聞こえてくる、か細い、悲しげな鳴き声が、
奇妙に慕わしく、不思議で、必死に耳を澄ますうちに、
いよいよ目が冴えて眠れなくなるのが常でした。

恐ろしいと思ったことはありませんでしたけれど、
振り絞るような声に呼ばれて、窓の外を見遣ると、
明るい月が、降り注ぐ露をきらきらと輝かせるばかり。
また闇の夜などは、枕元で鳴いているかと思うほど声が近くなるのに、
いっこうに正体が見えないのは、まったく口惜しい心地がしたものです。

今では、なんとしてでも見てやろうという心意気は失せて、
遠くなり、近くなりするさえずりが、
移ろう季節を教えてくれるのが、ただただいとおしい春の鵺です。

2012年 3月23日 12:30 加茂湖・樹崎 6.8℃

冬の間、大雪で周遊線が使えずに、
少々時期を逸してしまったのですけれど、
アマモの実生苗を探してみましょう。

アマモの発芽時期は厳冬のころで、加茂湖では12月には、
発芽したばかりの苗が漂流していることが多いのです。
波が立たず、湖底が安定しているので、発芽率はかなり高いと思われます。
50cmほどの水深の浅瀬には多くの実生苗が発生しています。

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かなり生長して、すでに3枚ほど葉が展開している株も見受けられます。
もう間もなく地下茎が伸びて、新しいシュートを立ち上げるでしょう。

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このあたりは、カワツルモ群落を見ることの出来る貴重な環境なのですが、
群落は後退して、沿岸部にはほとんど見当たりません。
冬株はまだ小さく、枝の伸び上がりが弱いようです。

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本来ならこの時期、ぐんぐん伸び始めたカワツルモの体上に、
雪解け水で大量発生したケイ藻が、びっしり付着しているのですが、
肝心のカワツルモがないので、ケイ藻は海底に沈んでいます。

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風波で寄せられてきたのは、
満開の梅の花みたいなベニクダウミヒドラ。
アマモの葉っぱがちょうど小枝がわり。

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かなり大きな株になっています。移動性の高い魚類などは、
一時的に姿を消してしまうくらい、ずっと寒い状態が続いていた加茂湖にも、
こんなにいきいきと花を咲かせる生き物が残っていたのです。

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ヒドロ花と呼ばれるこの先端部分は、
クラゲを逆さにしてくっつけたような器官なのですが、
花弁を持った本物の花のように優雅です。
淡い桜色も素晴らしい。

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株元に、新しい蕾のような小さい枝がたくさん生えています。
これから成長する若い株かもしれません。

ヒドロ虫は、ケイ藻などのプランクトンを捕食していると考えられます。
人間にとってはしびれるような冷たい水ですけれど、
エサが豊富で、ウミヒドラは喜んでいるんじゃないかしら。
ベニクダウミヒドラは、加茂湖では、5月ころまでよく見かけます。

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枝の根元はアマモの葉にしっかり固着しています。
それがツタや海藻みたいに、ふわっと絡んでいる感じでなくて、
ビタっと意思を持ってしがみついているところが、
やっぱり動物なんだと妙に感心してしまいます。

これは山の山ん田ではなく、海の山ん田の物語。

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かつて加茂湖畔のほとんどは農地でした。
海と田んぼは隣り合い、田んぼのむこうに海がありました。
今は周遊線が整備され、海と陸は鉄の矢板で寸断されています。

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かつての風景をとどめている場所は、ごく限られています。
そこでは、あぜ道一本を隔てて、
人が海に、海が人に、
加茂湖とひと里が互いに寄り添っています。

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海のそばだと水に困りませんか、と尋ねると、
ここにゃあ、金北山の伏流水が湧いとるっちゅうぐれえだし、
なんも困るこたねえ。
地主さんは、いかにも誇らしげに笑うのでした。

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球根植物の素晴らしさを、思う存分楽しめるのは、
冬中雪に閉じ込められる日本海側ならではの特権です。
秋に様々な球根が出揃うころには、なんだかんだで出費がかさんで、
欲しいだけ買い込むわけにもゆきませんけど、
春になれば、やっぱり植えておいてよかったと思える球根たちです。

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一番最初に蕾をふくらませるスノードロップ。
この花は本当に展開が速くて、そろそろ雪が解けだしたかな、
というころに、ようやく窓を開ける気分になって、
軒下をのぞき込むと、小さな電球が、もう首をもたげている。
ついこの間まで、すっかり雪に埋もれていたのに、
どうして春が来たって、わかるのかしら。

今は鉢植えにしていますけど、もちろん、地植えにしてもよいのです。
もう少し土が肥えてきたら、そうしたいと思っています。
冬芽のふくらみ始めた落葉樹の下で、ふと足元に目を落とすと、
落ち葉に埋もれて、小さな小さなスノードロップが咲いている。
そんな庭があこがれです。

2012.03.20 春のはつ花
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夜の間に、また、ずいぶん積もったみたい。
今朝も除雪車が上がっていく音で目が覚めました。

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皆さん、雪はもうこりごりとおっしゃいますけど、
それが春を迎える社交辞令なのだと、わかってはおりますけれど、
素直に同調できないのは、わたしのわがままかしら。

どうせ降っても、あと、1度か2度の戯れでしょう。
春の雪は、とても淡いものです。
不平を言うまでもなく、窓越しにめでて、
古今集でも口ずさんでいるうちに、ふうっと消えていってしまう。

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       霞たちこのめも春の雪ふれば 花なきさとも花ぞちりける
                             紀 貫之

       きみがため春の野にいでてわかなつむ我が衣手に 雪はふりつつ 
                             光孝天皇

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下界はみぞれでした。
ウツギの枝に溜まった氷水が、水晶のシャンデリアみたい。
この枝先が、ふた月もすると、純白の卯の花に覆われるのですから、
雪の間から、最初の花が咲いたら、
あとはもう、残りわずかな駆け足の春です。


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