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2012.11.13 Purple Sweet Wood
何度かお話しているように、紫色の食べ物が好きな、わたし。
毎年、丹精込めたいところを、ぐっと我慢して、
あえて! 放置プレーで育てている紫色のサツマイモ。
今年はたくさん収穫できました。
品種は、確か、パープルスイートロードだったと思います。

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蒸したサツマイモをつぶして、卵とバターを加えて練り上げ、
牛乳で硬さを調整します。固めのカスタードクリームくらい。
わたしは砂糖は加えませんでしたけど、お好みでどうぞ。
紫芋の独特の、チョコレートみたいなコクのある風味が好き。
ロールケーキの表面に搾り出したら、奇抜な紫色のブッシュ・ド・ノエルに。
でも、クリスマスにはまだちょっと早すぎるみたい。

紫芋は、特に菓子類に向いているように感じます。
砂糖を加えて練って、あんこのようにお餅といただくのもおすすめ。
クリームやフィリングにも使えます。
パンに混ぜ込むと、見事な紫色の生地になるのが、気に入っていました。
卵白に触れると青変する性質があるようです。
少量なら問題ありませんが、プリンのように大量の卵と混ぜ合わせる場合には、
やはり色味が悪くなるようです。食味には支障ありません。

山での暮らしは、幼いころから、わたしが夢見ていたことです。
ひと里離れた山中で、木のうろに眠り、せせらぎで水浴びをして、
日がな一日、木々と対話しながら暮らしたい。
なんという世間知らずの夢だったでしょう。
それが不思議にも実現して、それなりに現実的な調子で、
今、夢の只中を生きていることは、奇跡というより奇妙な感じがいたします。

山の家のリビングの大きな窓から、庭の向こうに、
沢を挟んで、向かいの家の果樹園が見えます。
果樹園と言っても、柿の木が数本だけで、
あとは自然のままの、ひとむらの雑木林と、傍らに、
ブランコがかけられそうな、大きな栗の木が1本あるだけ。

お向かいさんはもう山には住んでいません。
母屋も残っていないのです。
でも、雪の時期以外は、一日三回登ってきて、敷地の整備を欠かしません。
年中住んでいるわたしの畑よりも、断然手入れが行き届いています。
敷地はかなり広大で、竹林や松林、梅畑なんかもあります。
山ん田も数枚作っています。このあたりでは、最も山の高いところにある山ん田です。

お向かいさんの庭は、まさしく、少女のわたしの夢見ていたとおりの世界です。
ひとむらの雑木林は、春は桜に彩られます。

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夏は、栗の木の樹下いっぱいのヤマユリの花。

秋は紅葉が天を焦がす。

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冬は一面、雪化粧に覆われて、厳粛な空気に包まれます。

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お向かいさんとは、時々話す機会があるのですが、
笑顔の素敵な、優しいおじいさんです。
わたしはお向かいさんになりたいな。
夢の世界の住人になりたいな。
だけどあの広大な庭を維持するには、毎日のたゆまぬ野良仕事が不可欠です。

世界中のガーデナーのあこがれ、ターシャ・テューダーはこう言っています。

     世間の人はバラ色のレンズを通してわたしを見ています。
     わたしも人間であることに気づかない。本物のわたしを見ていません。
     マーク・トウェーンが言ったように、わたしたちはみな月と同じで、
     だれにも見せない秘密の部分を持っているのです。

                          『ターシャ・テューダーの世界』


わたしは、お向かいさんの庭の美しさにばかり目を向けていて、
世界をバラ色に塗り替えるために、
寸暇を惜しんで注がねばならぬ、労力のことを忘れています。
そして皮肉とも思われることは、その庭を、一幅の絵のように、
外側から眺めることが出来るのは、お向かいさんの特権ではなく、
その庭のためには、指一本も動かすことのない、わたしの特権だということです。

朗らかで陽気なお向かいさんの人柄も、わたしの勝手な解釈かもしれません。
どんな笑顔の裏にも、語られることのなかった悲劇や苦悩がひそんでいるものです。
人はこの庭のように、自らの人生の輝きを、
決して外側からは見ることが出来ないものなのでしょうか。
リルケはこう書いています。

      おお、薔薇、純粋なる矛盾、よろこびよ。
      おびただしい目蓋の内側で、なにびとの眠りでもないという。

                          『リルケ詩集』 富士川英朗訳


2012.11.11 禁断の果実
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薄暗い木陰で、真っ赤な吹流しのようなさやを、あちこちにぶらさげているのは、
もしかして、テイカカズラではありませんか?

こんな色鮮やかな実をつけるとは、何から何まで妖艶な木です。
赤いのは、定家の恋心が流した、血の涙の色かしら。
それともその情念にとらわれて、自らも妄執のとりこになってしまった、
内親王のたぎる血潮かしら。

冬間近の恵みのなめこを、いったいどんなふうにいただいたら、おいしいかしら。
シンプルに、なめこおろしや、味噌汁なんかが、やっぱり一番かもしれません。

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ちょっと目先を変えて、なめこご飯にしてみました。
いつもの、むかごと赤米のご飯に、さっと煮たなめこを加えて炊いたものです。
独特のぬめりが、ご飯全体に広がって、日持ちはしませんでしょうけど、
去りゆく秋を、目一杯詰め込んだ、とっておきのご飯になりました。

インターネットでなめこ料理を検索すると、どのレシピも、
ビン栽培の袋のなめこを使ったものばかりです。
なめこを食べずに、生涯を終える日本人は、ほとんどいないでしょう。
同時に、冬枯れの山に、ひっそりと姿を現す天然のなめこを、
1度も見ずに、生涯を終える日本人もまた、少なくないのは、奇妙なことです。

あわただしく収穫に追われる季節になりました。
秋の恩恵を、どれだけ蓄えられるかで、
冬時間の豊かさが決まるようなものです。
ほかほかの白い新米のご飯、
が苦手なわたしは、自然薯のむかごをどっさり採ってきて、
古米と赤米と一緒に炊き込むのが、冬の定番です。

例年ですと、まず誰も見向きもしないむかごは、
どこへ行っても採り放題なのですけれど、
今年はなんだか様子が違うみたい。
10月に入るころから、あちこちの山道で、逆さにした傘を受け皿に、
木の枝先を熱心にたたいている、おじさまたちの姿を見かけるようになりました。
いったい何をしているのか、最初は気にも留めなかったのですが、
どうやら彼らは、むかごを集めていたようです。

その方たちが集めたものかどうか、わかりませんけれど、
直販コーナーなどで、袋入りのむかごが、山積みで売られているのを見て、
なんだかちょっと興ざめしてしまいました。
せめて、これを買い求めて、炊飯ジャーでむかごご飯を炊く誰かが、
自然の恩恵を、命の糧としていた、かつての山人たちの暮らしに、
一瞬でも想いをはせてくれますように。

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わたしはいつも、舗装道路沿いではない、山手の方で集めています。
幸いそこまでは、むかごハンターたちの魔手は及ばなかったよう。
昨年は大豊作の年でしたけど、今年は少々作が落ちるような印象でした。
山暮らしの人々が、むかごを忘れていく一方で、
街場の人びとが、物珍しさからそれを買い求めるのは、いかにも皮肉な感じがいたします。

20代前半の頃、よく山に登っていた時期があったのですが、
そのころお世話になった「山のお母さん」が、突然家に訪ねてきました。
何か特別な用があるふうでもなく、ただ、ちょっと顔を見に寄った、
というようなぶっきらぼうさで、あっという間に帰ってしまいます。
相変わらず、嵐のようなひとだなあ。典型的なB型です。
わたし、B型の方は、さっぱりしていて、好きです。
(念のため申しますけど、A型です、わたくしは)

その「お母さん」が、手土産代わりに教えてくれたのは、天然のなめこ。
山の家のすぐ近くにあるというのです。
以前、大佐渡の山中で見たことがあって、もう一度味わいたいと願いつつも、
いささか遠いことを言い訳にしていました。
車道からすぐのところにあると聞いて、いそいそと出かけます。

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小佐渡の山頂近くは、もう紅葉も終盤を過ぎて、葉を落とした木々が目立ちます。
紅葉も見事でしたが、のびのびとした自由な白い枝が、
冬間近の澄んだ青空を、突き刺すようにそびえているのも、美しいものです。

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家の近くに、こんな素敵な小道があったのを、今まで知らずにいました。
見落とさないように車を降りて、少しばかり歩いたのですが、
本当に気持ちのよい散歩道です。

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どういうわけか、大木はほとんどないのですが、中にはこんな怪物も。
これほど勇壮な造形に至るまでには、
いくつもの壮絶な物語を重ねてきたのでしょうね。

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ああ、これはっ!!

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なめこさまさま、です。
倒木に群がるように生えているのを想像していたのですが、
随分イメージが違うなあ。
いわゆるナラ枯れ病で、立ち枯れたらしいクヌギ類の幹に、
小さななめこが、ぶちぶちと(お母さん談)発生していました。
同じような木が、何本かあったのですが、まだ幼いものが多いので、
1回分だけ失敬して、また、日を改めて採りに参りたいと思います。
そのときには、はしごが必要でしょうね。

とっておきの天然のなめこ、どんなふうに頂くのがいいかしら。
なめこって、日本人好みの、ちょっと独特なきのこですよね。
やっぱり和食が合うのかな。

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山頂付近には、解けずに残っているヒョウが、ちらほら。
着実に冬の足音が近付いています。

紅葉の色が深くなってきました。
昨年は、秋の出鼻の、急激な冷え込みのせいか、
茶色っぽく焼けたような、パッとしない紅葉でしたけど、
今年はよい条件がそろっているようです。

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よく言われるように、昼夜の寒暖の差があること。
夏場に照りが続いて、水不足であること。
それから、土質が肥沃でなく、やせているほうが、
色鮮やかに発色するそうです。そういえば、紅葉の名所と呼ばれるようなところは、
深山の渓谷沿いの、岩山ようなところが多いですものね。
これらは植物の研究をされている方からうかがったので、本当だろうと思います。

桜と同じで、紅葉が本当に美しいのは、一瞬です。
色合いは時々刻々移り変わってゆく。
晴天を背景に望むのも悪くはないのですが、
特に黄色味の色は、曇天に映えるように感じます。
暗く沈んだ調子の山肌に、雲の切れ間から、束の間、閃光が差して、
ぱあっと、目が覚めるような深紅が浮かび上がるのも感動的です。

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     堪(た)えず紅葉(こうよう) 青苔(せいたい)の地。
     またこれ涼風(りょうふう)、暮れ行く空に 雨うち注ぐ。
     夜嵐の ものすさまじき。
                      『紅葉狩』


鮮やかに色づいたもみじが、青々とした苔むしろの上に降りしきる。
謡曲にうたわれた美しい情景には、意外な科学がひそんでいるようです。
苔の研究者たちは、秋を、『苔の春』と呼ぶとか。
地べたに這いつくばって、物言わず、じいっと耐え忍んでいるような苔が、
新芽を伸ばし、1年で最も活き活きとするのが、秋なのだそうです。

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道端の草がみいんな枯れてしまって、それでこの時期は、なんとなく、
苔なんぞに目がいくのだろうとばかり思っておりましたけど、
苔はひっそりと、自ら輝いていたのですね。

薪ストーブに火を入れるころが近付いてきました。

わたしの生まれた家は、築30年ほどなのですが、
囲炉裏のある家でした。建て替えのときに、父がこだわったようです。
土間にはかまどとぬか釜があって、
わたしが子供の頃には、どちらも現役でした。

囲炉裏に火を入れる日には、なんとはなしに、
家族がその周りに集まったものでした。
祖父の膝に乗せられて、火を見ているだけで幸福でした。

わたしは、世間ほど、祖父っ子ではありませんでしたけれど、
火の番は家長の役目と決まっていました。
祖父は厳しい人でしたが、おちゃめな一面も持ち合わせていました。
明滅する小さなおきを灰に突き立てて、これは火の神様、と教えられ、
疑いもなく手を合わせては、「にょうにょう、あん!」と謎の呪文を唱えさせられていたのも、
懐かしい思い出です。
(我が家は真言宗です、念のため)

そのころは、月に1回以上は火を入れておりましたけど、
家族がひとり減り、ふたり減りしていく毎に、その機会も減っていきました。
囲炉裏というのは、大家族のものだと、わたしには思われます。
かつては四世代9人の大所帯でしたけど、父と弟だけとなった今では、
年に1度火を入れるか入れないかになりました。
火を入れないと、灰がダメになると聞いています。
そうして囲炉裏は、ひそやかに死んでゆくのです。

かまどは早いうちに壊しましたけど、ぬか釜は長らく生活の中心でした。
ぬか釜、というものを、ご存知でない方も多いでしょう。
簡単にご説明しますと、もみがらで火を炊く鋳物のかまどです。
普通の煮炊きはガスコンロでしたけど、
21世紀に入ってからも、ご飯にはぬか釜を使い続けておりました。

母の余命が残り少ないとわかって、入院してから、
わたしはすでに家を出ていたのですけれど、
ある日、実家に戻ってみると、父が一生懸命ぬか釜でご飯を炊いているのです。
父は電気屋さんで、長らく修理の仕事を生業としていたのに、
炊飯器でご飯を炊いたことがなかったのです。
そのときほど、胸が詰まる想いがしたことはありません。

この囲炉裏端も土間も、家族の幸福の象徴だったのに、
いつのまにか、死んでいった人々の思い出が、
隙間風のように吹きすさぶ、寂しい場所に変わっていたのでした。

職場にキャンプの好きな方がいらっしゃって、時々話すのですが、
その方の話している火と、わたしの見てきた火が、あまりにも違うものなので、
愕然とするときがあります。
語弊を恐れずに言うなら、そのひとにとって、
自然は娯楽の対象であり、火は娯楽の道具なのです。
わたしが見てきたのは、確かに生活のための火であって、
自然は生活の場です。人の生き死にもまた、生活の中にあるのです。
わたしは最後には、いつもちょっと黙り込んでしまいます。

もう少し寒くなったら、薪ストーブに火を入れましょう。
生活の火をともしましょう。
囲炉裏は死んでしまったけれど、
ストーブの窓から、今も火の神様が見ています。

2012.11.05 天道虫日和
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木枯らし一番が連れて来た、暗く冷たい冬の雲が晴れ上がると、
何もかもが嘘だったような、うららかな小春日和です。
日差しに温められた窓に、次々とテントウムシが飛来します。

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秋の終わりの、うらうらとした陽気のころに、
何日か、こういう日があるのです。
例年ですと、10月の中ごろに見かけることが多いのですけど、
今年は遅れているようです。

冬ごもりの場所を求めて、種類も様々な、色とりどりのテントウムシが、
申し合わせたように集結します。
大きさが同じくらいの、エサキモンキカメムシもちらほら。
こんな日に窓を開けていたら大変!
家中の窓という窓を、ぴっちり閉めておかねければなりません。
敵も執念深く、隙間を探してサッシのヘリを歩き回ります。

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実家は日当たりが悪かったので、
ヘチガネがこんなふうに家に侵入してくるのは、知っていました。
日当たりのよい山の家では、もちろんヘチガネもおりますけれど、
実家ではまず見なかった、テントウムシが多いのに驚きました。

テントウムシと言いますと、一般的には、初夏のイメージですのに、
私にとっては、雪が近いことを知らせてくれる、冬の使者。
ああ、また、あの、わくわくする季節が近付いてきました。

今日はそんな、テントウムシの日です。
小春日和に誘われて、過ぎし日のイケメンたち(注※現在の職場は介護施設です)と、
あてもなく散策を楽しんでいると、白い綿毛のようなものが、
すうっと空を横切っていきました。

あ、あれはまぎれもなく、ケサランパサラン
綿帽子に包まれた、ガガイモの種子です。

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長石浜のあたりは、かつては畑作の盛んな一帯でしたが、
現在では放棄された荒地が目立ちます。
一面の枯れ野原で、独特な形状の果実は、遠目にも目をひきます。

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まだ見ぬ別天地をさし目指し、神の方舟を乗り捨てて、
今まさに旅立とうとしている、無数のスクナビコナたち。

ケサランパサラン飛んでった。
遠くのお空へ飛んでった。

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