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今年もたくさん収穫できた忘れ形見の柚子。
なんだかんだ言って、昨年は、
そのまま冬を越して、大半を捨ててしまったんです。
お母さん、ごめんなさい。わたしって、やっぱりこういう子なのかしら。
同じ轍は踏むまいと、かたく誓って、まだ青いうちからせっせと収穫して、
念願の柚子胡椒は作りました。
まだまだ残っている完熟の柚子は、砂糖との相性は抜群なのですけれど、
甘いばかりでは飽きてしまいますでしょ。
今回は、柚餅子に挑戦してみました。

佐渡では、柚子の入らない東北風の柚餅子ですら、ちょっと外国のお菓子みたいな扱いです。
柚子を用いるのは、中部地方や、石川の郷土料理とか。
大きい柚子を使うと、うまく乾燥できずに傷みやすいのだそうです。
料理用には風味の劣るといわれる一才柚子も、ちょうどよいサイズ。
母の柚子は本柚子なので、小さめのものを選びます。

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頭のところで横に切って、中身をくりぬき、フタと入れ物を作ります。
くりぬいた果肉から果汁を搾っておきます。
柚子は種が多く果汁が少ないので、くりぬいてからまとめて絞るより、
二つに切ったところで搾り、残りの皮と種を除くほうが効率的です。

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搾った果汁に、合わせ味噌と、味噌の1/3程度の砂糖を加えて練ります。
そのままでは水っぽいので、上新粉ともち粉を加えて練ります。

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硬くなりすぎたら、みりんを加えてのばします。

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かためのケーキ生地くらいの硬さにしました。

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軽くローストしたクルミとごまを加えます。
わたしはナッツが好きなので多めの分量です。
ピーナッツを使うというレシピもありましたけど、やっぱりクルミが気分かな。

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柚子の容器に詰めます。モチが膨張するので、少なめにします。

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蒸し器に並べて30分程度蒸します。
3時間というレシピもあって、まちまちです。
最初だけコンロにかけ、沸騰してからは薪ストーブに乗せて蒸し上げました。
柚子の素晴らしい芳香が部屋中に立ちこめます。

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蒸しあがると、ほら、内容物があふれ出ています。
冷めたら、中身をぎゅぎゅっと詰め直し、きっちりフタをして、
キッチンペーパーや和紙で包みます。

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口を糸でしばり、この状態で、風通しの良い軒先などに吊るして、
1ヶ月以上、半分凍らせるように乾燥させれば、出来上がり。

干し物カゴに並べて、下屋下に吊るしておくと、
柚子と味噌の甘い香りが、いつまでも漂っています。
湿っぽい日本海側の冬でも、うまく乾燥するかどうか、
ちょっぴり不安ですけど、出来上がりが楽しみ。

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2012.11.28 Dear My Pruto
ご存知でしたか、わたし、1月3日生まれの山羊座なんです。
何を今更、つまらないことを、とお思いでしょう。
その山羊座に、破壊と再生を象徴する冥王星がやって来たのは、
2008年の11月の終わりでした。
そのころすでに、あなたの気配を感じていました。
はっきりとはわからなかったけれど、わたしたちはまだ出会っていなかったけれど、
今思い返してみると、そうだったのだと思います。

実際に出会ったのは、年が明けてからでしたね。
その日のことは、不思議なくらいはっきりと覚えています。
そんなつもりはなかったのですけれど、
わたしたちは、立場を異にする敵同士として、相対していたのでした。
あなたからの最初の一瞥は、突き刺さりそうなくらい、厳しいものでしたね。
それから多くの人たちを巻き込んで、人生を揺るがすひと騒動があったときも、
あなただけが滑稽なくらい、本気で怒りをぶつけてくるので、
かえってわたしはあなたに一目置いたのです。
まだ、あなたの華やかな経歴や、肩書や、名だたる友人知人のことは何ひとつ知らなかったけれど、
こんなにも、強く、深く、佐渡の海と、
そこに生きる美しい人々のことを愛してやまないあなたは、
わたしにとって、大切な人に違いないと、直感的にわかったのです。

でも、あなたがわたしを受け入れてくれるまでは、長い時間が必要でしたね。
いつもわたしをきっと睨み据えて、あからさまな舌打ちを繰り返し、
何か発言しようとすれば、言い終わらないうちから、頭ごなしに怒鳴り散らす。
同じ部屋に同席させてもらえるようになるまで、数か月がかりでした。
だけど、あなたを怖いと思ったことは1度もありません。
不思議ですね。どんなときでもあなたは、あなた自身の愛のために、
全力で戦っているのだと、最初からわかっていました。

いつからあなたがわたしを受け入れてくれたのか、そのことは、
はっきりとはわかりません。
それはあなたの心のうちでだけ起こった変化で、
ずっとわたしはあなたを受け入れていた。
山羊座らしく、要塞のようだと揶揄されるわたしの心なのに、
あなたのことは、どんなに悪意に満ちた感情でも、受け止められるような気がしていた。
いくつもの、対立と協調のうねりをやり過ごした後で、わたしたちが、
案外近いところに漂っていると、あなたも気づいたんだろうと思います。
時々、漂流者のように心細くなって、あなたから離れたくないような、
もっとずっとそばにいたいような心地さえするときがありました。

今、ふたたびわたしを揺さぶろうとしているあなたは、
もう以前のような目ではわたしを見てはいない。
わたしもまた、無邪気にあなたとの同席だけを願うほど無欲ではない。
あなたはきっと、わたしの冥王星なのですね。
やっとのことで維持しているこのささやかな生活を、たやすく打ち砕いてしまう。
あなたは指一本動かす必要はない。たったひと言あればいい。
それでわたしにすべてを放棄させてしまう。

もしあなたが脚を失うなら、わたしがあなたの脚になりましょう。
あなたがわたしの骨を望むなら、喜んで差し出しましょう。
あなたが夢見た未来を、あなたの代わりに見届けましょう。
そのかわりいつか、連れて行ってくれると言っていた場所まで、
必ずわたしを連れてゆくと約束してください。
そこはきっと、ひんやりとして冷たい場所。
わたし、旅行も滅多にしないんですよ。この島がすべてだもの。
今、わたしが本当にたどり着きたい場所は、あなたが話してくれた、そこだけ。

でも本当は不安。すごく怖い。
誰かに背中を押してもらいたいの。
30半ばになって、人生を白紙に戻すのは、勇気のいることでしょ?
わたしは気づいています。気づいていないふりをしてるけど、
これまでの人生で、切り捨ててきたものの大きさに気づいている。
結局わたしは、一人で歩き出すことになるでしょう。
あなたが行く先に待っているから、なんとか歩き出せる。
あなたの失う脚が、わたしを歩かせる、わたしの脚になる。

すでに手にしているものよりも、この先手に入れるものが、
すぐれている保証は何もないけれど、
誰かを信じて、裏切られても、それはいつか、
甘い思い出にかわるときがくるのでしょう。
でも今、あなたを信じ切れなかったら、その記憶はきっと、いつまでも苦い。

わたしの冥王星、太陽からもっとも遠い星、
わたしを一番遠いところへ連れて行ってくれるのは、あなたですか?
あなただと言ってください。
わたしたちは一人ぼっちではないと言ってください。
わたしは冥王星を、そのふところにいだく者です。

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初めてのジーンズは、古着のリーバイス501でした。
17歳のころだったと思います。
遅いデニムデビューでしょ。なんでも奥手なの。
裾が長くて、底の薄い靴だと引きずるのですけれど、それが気に入っていました。
すっかり生地が薄くなってしまって、いつお尻が裂けるかと思うと、
怖くてはけなくなりました。

20代のころはよくジーンズをはいていました。
スキニーも流行りましたけど、愛用していたのは、
やはり男物のリーバイス、616という型のものです。
腰張りで、骨盤にひっかけてはくような、大きめのサイズ感が好きです。
知り合いから、捨てるつもりだというものをいただきました。
膝がパックリ開いているくらいの、強烈なダメージ加減です。

インディゴから、ダメージ状態まで、自分ではき込んだのはエドウィン。
ホームセンターに勤めていたころ、仕事の時に毎日はいていました。
さすがにあたり具合は完璧。我ながらよくはき込んだものだと思います。
もう、あんなにひたむきに、1本のジーンズをはき続ける情熱はありません。

あちこち破れてボロボロのジーンズを、中に厚手のタイツをはいて、
冬でも着たものですけれど、寄る年波で、寒さのころには自然と手が出なくなりました。
でも、どんなにボロボロになっても、ジーンズって捨てられないんですよね。
破れたところに、お気に入りのはぎれで当て布をして、簡単な刺し子でつくろって、
隙間風が入らないように、頑丈に補修したら、
また着てみたいと思うようになりました。

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残念ながら、ファーストデニムだけは、身体が入らないのです。
そのころと同じくらいまで体重を落としても、
下半身の肉の量が違うんです。
こればっかりは、つくろいようがありませんものね。

雨がちな秋でした。
まるでわたしの人生みたい。
ちょっとセンチメンタルすぎるかしら。
“雨はいつでも降ってたさ”
大好きな、シェイクスピアの『十二夜』を思い出します。

この雨が、わたしを豊かにすると信じよう。
人生の苦渋は、自分の選択の結果だ。
人生の恩恵は、これまで出会ってきた人びとからの、
かけがえのない頂きものである。

翌日の21時過ぎ、乙羽池にはひとの気配はありません。当然かしら。
こう見えて? オカルト好きなわたしは、さすがにちょっとビビっています。
一緒に行こうって、あちこち声をかけてみたけど、断られてしまったの。
生ぬるい、なんとなく嫌な風が吹いていて、木々がざわついています。

下見をしておいたのは正解でした。
懐中電灯の明かりだけでは、池を一周する遊歩道を探すのも、ひと苦労です。
倒木に近づくにつれ、生臭い臭気が立ちこめてきました。
これはもしや、心霊現象の予兆!?
いいえ、キノコが枯れ木を分解するときの腐敗臭だと思います。
熱しやすく冷めやすい性分のわたしは、
キノコオタクも、かなりのレベルに達していた(と自分では思う)ので、
当時は、キノコが生えていそうな場所が、直感的に分かったものですけど、
それは、こういう臭気に導かれていたのかもしれません。

はたして、ツキヨタケは光っていました。
光るのは、傘の裏のひだの部分です。
木の内部を駆け巡る菌糸も発光するといわれています。
20年前に見た、記憶の中の光よりも弱々しく、
懐中電灯を消してから、目が暗闇に慣れて、
ひだが見えるようになるまで、少し時間がかかりました。
残念ながら、わたしのデジカメでは、写真に写せませんでした。

それでも、ひだに手を近づけると、
指のしわが数えられるくらいの光量はあります。
暗黒の中に、ぼうっと浮かび上がる無数のツキヨタケ。
斜面に横たわる倒木を、下から覗き込むように見上げると、
空の高みへと登りつめる、星の階段のように、ひそやかに輝いています。

森は、確かに生きているのでした。
しばしば観光地では、行き過ぎた手入れのために、
倒木はすぐさま片付けられてしまう場合があるようです。
わたしは、こういう言葉が好きです。
死んだ木のない森は、死んだ森である。
ポーランドに残る、
ヨーロッパ最古の原生林を管理されている方の言葉だったように記憶しています。
枯葉や枯れた木が、菌類に分解されて豊かな土となり、
新たな命をはぐくみます。生命の健全な循環には、死が欠かせないのです。

また、これは、ちょっとうろ覚えなのですが、
著名な生物学者である福岡伸一氏が、
加熱するアンチエイジングに警鐘を鳴らして、
老いや、死こそは、自然界に対して、ひとりの人間がなしうる最大の貢献である、
というような内容のことを言われていたのを思い出します。
それは、人間さえいなければ地球環境は良い状態を保てる、
というような極論では決してなく、
すべての生物は、自らの死によってだけ、他を生かすことが出来る、
というごく当然の節理を言おうとしておられたのではないでしょうか。

ブナの大木は、生きていた時には、
目を見張るような素晴らしい姿をしていたでしょう。
その木は倒れて、ツキヨタケなどに分解されることで、土にかえり、
森に、新たな生命を吹き込みます。
わたしは、佐渡の植物学の研究に、偉大な功績を残された、
伊藤邦夫先生のことを考えていました。

先生は、大きな愛にあふれた、ブナの大木のような方だった。
お目にかかれたことを、心から誇りに思っています。
亡くなってしまわれたのは、本当に惜しいことでした。
しかし先生の情熱が、真にこの島の豊かな土壌となるためには、
喪失は、どうしても避けられないことだったのだ。

そして今、先生が不在の今は、ツキヨタケの時代ではないでしょうか。
次の世代のブナになることなどは、到底かなわぬとしても、
ブナからブナへの循環を橋渡しする者として、
せめてわたしは、ひとひらのツキヨタケになりたい。

わたしは、できることなら、この人生のうちに、この島に、
もう一度先生のような方が現れるのを、
目の当たりにしたいと夢見る者です。
そのひとはわたしよりも年若いでしょうか。
いつの日か、老婆が少年に、
あなたに出会うことが、わたしの長年の夢でした。
あなたにひと目、お目にかかれたことは、わたしの人生の最大の誇りです、
と告げたら、滑稽でしょうか。

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スカイラインに登ったついでに、乙羽池まで足をのばしました。
中央の浮島の草紅葉が、鮮やかに浮かび上がって見えます。
梢の合間からのぞく、青空までもが、暗い湖面に映りこんで、
世界が逆さまになってしまったみたい。

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ここまでやって来たのには、理由があるのです。
農上がりのこの時期、湿った樹下には、森の妖精たちが続々と姿を現します。
森の妖精、それは、キノコ!
お目当てのツキヨタケは、湿潤な環境と、ブナの枯れ木を好みます。
乙羽池は、私の知る中では、車で気軽に行くことの出来る、最適の場所です。

乙羽池にツキヨタケが生えている、と確信があるのは、
以前に見たことがあるからです。
それは20年前、わたしがキノコオタクの中学生だった時分にさかのぼります。
その名の通り、月のように光るという神秘のキノコをひと目見たいと、
母親にせがんで、秋の農繁期が終わるころに、連れて来てもらったのです。
湖畔の立ち枯れのブナの幹に、びっしりと生えそろったツキヨタケを摘んで帰り、
皆が寝静まった夜更け、そっと開いた袋の中で、
燦然と光り輝いていたツキヨタケを、
今もはっきりと思い出すことが出来ます。

そのときの立ち枯れのブナは、今もまだ同じ場所にたたずんでいましたが、
さすがに古くなりすぎているようです。
池の周りをぐるっと歩いてみましたが、遊歩道の近辺には見当たりません。
あきらめかけたころ、サラシナショウマの群生する斜面の奥に、
何かの倒木が横たわっているのが見えました。

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かなり大きなブナの倒木です。
近づいて見ると、表面にキノコが生え始めています。
間違いありません、ツキヨタケです。

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このキノコは、ひだの付け根に首輪があるのが特徴なのです。
よく、ヒラタケに似ている、と言われますけど、
素人でも、図鑑を読んだことがあるなら、まず間違いません。
ヒラタケには首輪がないのです。
また、ツキヨタケはブナを好みます。
一方のヒラタケは、父が申しておりましたように、特にケンポナシを好むようです。
ツキヨタケに類似しているのは、むしろムキタケというキノコで、
佐渡ではほとんど食べられていません。
ツキヨタケは、縦に裂くと、ひだの付け根のところが黒色をしているので、
この点でムキタケとも区別することが出来ます。

さて、今回わたしには、もうひとつの目的があるのです。
それは、中学生のころには決してかなわなかった夢、
森の奥深くで、月夜に光るツキヨタケの、ありのままの姿を見る、という夢です。
昼間に来たのは、その下調べのためでした。
夜の暗闇の中、慣れない森で、発光しているとはいえ、
ツキヨタケを探し出すのは、まず不可能でしょう。
場所はわかりましたから、日を改め、日没後に再訪することにいたします。

2012.11.21 花のみぞ知る
2012年10月19日

少々古い話になりますけど、紅葉のころ、スカイラインに行ったときのお話を。
自分の足で登るのが、すっかりおっくうになってしまって、
車でちょこっと走って来ただけ。
下のほうから見上げると、山頂は、なんともいい色に見えたのですけれど、
この日はまだ、本格的な紅葉には早すぎたようです。

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かわりに、出迎えてくれたのはエゾリンドウです。
この植物は湿原性と言われています。
湿地になっている池のそばなどに多く見られるようです。

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妙見山のキャンプ場の向かいの駐車場のすみに、
毎年花を咲かせるエゾリンドウ。
妙見山の山頂付近は、乾いたガレ場が多く、この一隅も、
ちょっと見には湿地には見えないのですけれど、
どこからともなく、ほんのり水が染み出していて、
足の裏に、じゅぶじゅぶっとした土の感触が伝わってきます。
エゾリンドウは、ちゃあんとこの水を知っているわけです。

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妙見山の紅葉もあと一歩のところ。全体に黄味が強くなってきました。
妙見山やドンデン山の、キャンプ場の朽ちかけた炊事場や、
トイレをすっかり撤去してしまったことは、佐渡市の英断だったと思います。
ないほうが、ずっとずっと素敵。
夏の夜、だあれもいないのに、こうこうと照っていたトイレの明かりに、
色とりどりの、数えきれないくらいのシャクガが集まっていたのだけは、
ちょっぴりわくわくする光景でしたけれど。

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キャンプ場の、思い出の桜は、見事に色づいています。
花のころ、ひっきりなしにやってきて、ぐるりと取り囲んでいた写真家たちの姿もなく、
秋の気配を独り占めにして、悠々、深呼吸しているみたい。

冬場、家では、フリース(数枚)を部屋着にしています。
僻地に暮らしていると言うと、
なんとなく、古民家を想像される方が多いようです。
わたしが住んでいるのは、築8年くらいの新しい家なので、
気密性は高く、暖房器具を使えば、家の中はかなり暖かくすることが出来ます。
でも、それって無駄なことじゃないかな。
厳冬期は昼間でも氷点下になるので、暖房なしでは過ごせませんけど、
動けなくならない程度に厚着をして、少し低めの室温にしています。

ずいぶん格好つけて書いてしまいましたけど、
それが可能なのは、フリースのおかげ。
安価なフリースがどこでも手に入るようになって、
とっかえひっかえ重ね着しています。
ユニクロの、薄手のマイクロフリースが気に入っていますけど、
ファストファッションですから、燃料を節約しても、
環境への負荷は、プラスマイナスゼロ、ってところかしら。

フリースが登場する以前には、登山家たちにとって、
水をはじいて、しかも暖かいウールが、最高の素材だったとか。
わたしの父母のころには、目の詰まったウールのシャツが、
登山の必須アイテムだったようです。
古着屋などに、時々登場するこのシャツを、なんとなく集めています。
チクチクするけど、ウールが好きなんです。

肌に当たる襟首などには裏地がついているものは、
特にその細やかな心配りが好きです。
ドライクリーニングの表示を無視して、何度も手洗いされて、
ぎゅぎゅぎゅっと縮んでいることが多いです。
古いせいでしょうけど、保温性は、さほど優れているとも思えません。
改めてフリースの性能に感服です。

わたしがノーベル賞の審査委員だったら、
フリースの開発者に賞を差し上げたいくらいでしたのに、
最近では、もう、フリースすら古びて、
高性能で薄くて軽いダウンが登場していますね。
数年前までは、一部の若者たちが得意気に着ていたのに、
あれよあれよという間にユニクロからも発売されて、今年の冬、
佐渡では、右を向いても左を向いても、みなさん着てらっしゃいます。
かくいうわたしも、滅多に人とかぶりそうにない辛子色を買いましたけど、
本当に暖かいのです。
それほど高価でもないのに、もったいなくて、まだ部屋着には出来ません。

そういえば、お世話になっているダイバーさんは、アウトドアブランドの、
数万円するダウンのつなぎを、冬の普段着にしてらっしゃいます。
中にはいつも肌着すら着ていないのに、家の中が寒くてみんなに驚かれるとか。
最近新調されたようですけど、先代のものは、
あちこち、つぎはぎしながら何年も着ていました。
それが理想でしょうね。

2012.11.19 物質の三態
ふと目を覚ますと、なんだか空気がすうっとする朝だな。
空は快晴、放射冷却で、朝方はかなり冷え込んだようです。

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庭の水盤の表面にも初氷。
ぺらっとした薄氷だろうと、指先で突っついてみます。
あれ? やけに頑丈だな。

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持ち上げてみると、5mmくらいの厚みがあります。
体感的には、それほど冷え込んだとは、思わなかったのですけど。

わたし、0℃くらいですと、あまり寒いとは感じないのです。
でも水は、寒いから凍るのではなくて、
単純に、温度に反応して、物質の形を変えているのですものね。
冬がやってくると、そんな当たり前の道理も、
新鮮な発見のように感じられます。

2012.11.15 魔法の国
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今朝、世界は、とびきりの魔法が解けてしまったあとみたいだ。

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魔法なんかかかってなくても、
何もかも、こんなにまぶしかったんだな。

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