上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
正月早々の寒波で、蛇口から1滴の水も出ない生活を送っておりましたけれど、
狙い通り、寒さが緩んで、水が出た!
と思った次の瞬間、どこからともなく、
集中豪雨に見舞われたような雨だれの音が。

なんと、トイレの天井からものすごい勢いで水が滴っています。
みるみる床は水浸し。頭の中は真っ白。
蛇口を占めても降り止まないので、慌てて送水ポンプを停止しました。

天井裏で送水管が破裂したに違いありません。
この時期、修理屋さんに連絡しても、
雪深い山奥まで、すぐには来てくれません。
半泣きで大家さんに電話すると、山の家は、凍結する前提で配管してあるから、
破裂するような管は使っていない、
管と管の継ぎ目を確認してみるように言われました。

未完成で物置になっている二階に上がって、
コンポストトイレの真上に設置されている水洗トイレの周りを確認すると、
(この配置はちょっと謎なんですけれど)
確かにタンクの横の管が外れていました。
氷に押し上げられたのではないかと思います。
2階のトイレは何年も使ってないので、大家さんに許しを得て、
そこのところは止水栓に変えました。

なんとか自分で処理できて、ひと安心。
またひとつ、この家のことがわかったみたい。
それからまたひとつ、ひとりで生きていくためのスキルを身につけてしまった、
孤独な三十路の冬なのでした。

スポンサーサイト
強い寒気がやって来て、気温がぐうんと下がるような夜には、
山の家のあたりは-5℃以下にまで冷え込みます。
最も冷え込むときには、-10℃にも達するとか。
これ、お隣の旦那さんが毎日温度計を確認していらっしゃるので、
確かな筋の情報と思います。
わたしはここまでマメなことはいたしません。
同じ山羊座なのに、ずいぶん違うものですね。

冬生まれのせいか、寒さの感覚が鈍くて、
今夜はそれほどでもないだろうと思うような夜に限って、
うっかり水道を凍らせてしまいます。
去年までは、吹雪の中、
せっせとお湯を運んで水道管を温めたりもしたものですけれど、
いずれ周期的に寒さが緩んで自然に溶けるので、
今年はのんびり待つことにいたしました。

お風呂は、実家まで下りればいつでも入れます。
お隣さんにこの話をしたら、実家まで戻るまでもない、
よかったらうちのお風呂をどうぞ、とお優しい言葉をかけていただきました。
ご厚意に甘えて、時々、お風呂を借りに行っています。

そのお風呂が、なんと、五右衛門風呂!
1番小さいタイプとかで、膝を抱えて入って、
ようやく肩下まで浸かるくらいの大きさです。
同じ価格で、ほうろうの湯船にも出来たけれど、
五右衛門風呂のほうが断然、風呂釜が長持ちすると聞いて、決められたのだとか。
ちょっと意外ですね。風呂釜の寿命って、案外短いものなのかしら。

蛇口から出るお湯だけのお風呂と違って、
薪で追い炊きをしたお風呂は、本当に芯から温まります。
我が家はほうろうですけど、追い炊きはできるようになっています。
ひとりなので、わたしが住むようになってからは1度も炊いたことがありません。
1人でも、ほんのちょっぴりでいいから、火を焚いたなら、
とっておきのお風呂になるのでしょうね。
火の神様に見捨てられているせいなのか、
ストーブの火をおこすだけでも死苦八苦しているわたしには、
少しハードルの高い贅沢です。

IMG_7725_convert_20130121095859.jpg

外海府の方から、お年始にいごねりを頂きました。
お母様が、いご草を拾い集めるところから、すべて手作業で、
丁寧に丁寧に練って伸ばしたいごねり。
お味は申すまでもありませんでしょ。

越後では、寒天のように肉厚に固めて食べるというえご。
佐渡では見かけませんけど、確かに長岡ではそのような食べ物を見かけました。

冬季、発達したホンダワラ類の体上に発生するいご草の正体は、
エゴノリという根なし草です。
これを食用にした文化は驚くべきものです。
海藻を分解できる酵素を持っているのは、日本人だけとか。
冬の外海府は連日荒れ模様ですけど、恵み深い季節でもあるのですね。

年が明けて、35回目の誕生日が巡ってまいりました。
毎年、新年と共に誕生日を迎えるのは、
なんとはなしに、心改まる感じがするものです。

今年、わたしは25歳のつもりで生きよう。
10代の時分から30代と間違えられるほどの老け顔ですし、
歳を偽っても、現実は変わらないと重々承知しておりますけれど、
その若さをではなく、向こう見ずな情熱を、もう1度取り戻したい。
25歳のころ、暗闇の中を、ひとりさまよっている心地がしていた。
もう1度、あのころのように、
何も見えない、何も聞こえない、誰もいない、風は冷たい、
そんな真夜中の嵐を、がむじゃらに駆け抜けたい。

この1年が終わるとき、わたしはびしょ濡れで、
雲の切れ間からのぞく朝日を見上げているかしら?
走り出す準備はできています。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。