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2011.10.16 カマキリの母
この時期、しばしば農道の真ん中で、
大きなカマを振り上げているカマキリのメスに出くわします。

IMG_2422_convert_20111016132607.jpg

稲刈りのせいで、住処の田んぼを追われてしまったのでしょうか。
産卵場所を求めてさまようカマキリは、臨月のおなかを抱えて堂々たる構えです。

カマキリのメスは獰猛で、交尾のために近付いてきたオスも、
交接が終わらぬうちから、バリバリと食べ始めてしまうとか。
もしも食べられずに冬を迎えても、道端に転がるセミのオスのように、
どうせ死んでしまう命です。
最後の最後まで産卵に力添えできるカマキリのオスは、
それはそれで幸福なのでしょう。

カマキリは、雪に埋もれない位置に卵を産み付ける、
という迷信?が雪国にはあるようです。
昆虫がその年の積雪量を予測出来る、というのはいかにもありそうな、なさそうな。
真偽はさておき、人々がそう信じていた、ということに、
わたしは価値があると思うのです。
気性の荒いカマキリの母にも、子を思う心があると信じていたのです。

かつてわたしの母はこう言っていました。
人が人を殺してはならない、と子供に教えるのなら、
どうして一匹の蚊を殺してもよいのか、その矛盾を説明できなければならない。
父は釣りを好みましたが、釣った魚を自分で食べる、ということにこだわり、
いわゆるスポーツフィッシングに否定的でした。
命を奪ったからにはそれを食べる義務がある、というのが彼の主張でした。

いわばそれが、わたしの信仰する唯一の宗教であり、
カマキリの母こそ規範です。
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