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前日の夜、シャバ(注・佐渡島低地部)にいたときには、雨が降っていました。
「山は大雪だから、気をつけて帰ってね~」
などと冗談交じりに見送られて先方がたと別れ、帰路に着きました。
途中からべちょべちょのみぞれが道路に降り積もっていて、
新品のスタッドレスタイヤが流れるように滑り出し、ちょっとヤバイかなあ。。。
と思っていると、案の定、家まであと500mというところで、
車が雪に埋もれて停まってしまいました。

どうにか待避所に車をよけ、深夜23時、降りしきる雪の中をとぼとぼ歩いて帰りました。
そのときにはまだ、30cm程度の積雪だったのですが、
朝までには50cmほど積もっていました。
山々の木が変形してしまうほどの、湿った重い雪で、
一晩中、生木のはぜる音が聞こえていました。
重みに耐えられなくなった枝や幹が、めきめきとへし折れる音です。
特に、植林されたアテビなどの針葉樹の被害は深刻でした。

朝、除雪車を待って車を掘り出し、家の前の雪かきにおおわらわです。
こういうとき、正直、わたしは生き生きします。
好き好んで山に住んでいるのですから、これくらいの不便は楽しみのうち。
大風や大雪(大雨だけはナゼか好きでない)は、
自然の厳しさと人間の小ささを再認識させてくれます。
それに、嵐が去ったあとの世界の混乱には、
一種の麻薬的な魅力があるとは思いませんか。
枕草子にもこう書かれています。

野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。

野分は台風のことですが、嵐のあとの乱れた垣根や、
満開の萩やおみなえしの上の倒木、疲労した人びとの物憂げな様子にまで、
清少納言ははっとするような美しさを見出しています。
いみじうあはれにをかし、は非常に趣深く素晴らしい、というような意味で、
枕草子では最上級の賞賛かと思います。

女流作家など、紫式部の肩を持つ方が多く、
枕草子のほうが文学的価値が低いのかもしれませんが、
わたしはどちらかといえば、勝気な少納言タイプかも。
あまりに内省的過ぎるより、
嵐を耐えて、ふと顔を上げたとき、世界の明るさが全身を透過ていくような一瞬がある、
そういうときには開かれた魂でありたい。
少なくともそのような願望はあるのです。

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この島に暮らしていると、
人生は途方もなく遠い約束のように思われます。
手塩にかけたアテビを失った方々は、本当に気の毒だったと思います。
名もないけれど素晴らしい山桜の老木も何本か、失われてしまいました。

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