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喘息がちで、セキが取れない弟のために、
母は色々と苦心していました。
冬、保育園の帰り道、とある家の裏庭に忍び込んで、
したり顔で盗んできたもの、
手のひらからこぼれるような、大きな大きな黄金のかりんでした。

持ち帰ったかりんを蜂蜜に漬け込んで、シロップにしていました。
宝物を扱うような慎重な母の手が、さくさくさくと切り分けていったかりんの、
みっちり詰まった緻密な白い肉質。
健康優良児だったわたしには、滅多に舐めさせてもらえなかった、
特別な咳止めシロップ。
両手いっぱいに盗んできたかりんは、1年分の弟の咳止めに変身するのでした。

百姓の一軒家でしたから、土地はあったのですが、
父が乗り気でなかったので、随分あとになるまで、
母はかりんを植えられずにおりました。
ようやく許されたとき、弟の喘息はすっかり治まっていました。
欲しいときになかった、という渇望からか、
もう不要なかりんを、母は2本も植えていました。
今は誰も収穫するひとはありません。

   肉腫が全身に転移しているとわかったとき、
   見せられたMRI画像を、わたしは決して忘れないでしょう。
   腎臓の傍らに発生したそれは、
   わずか数ヶ月のうちに、アメーバーのように増殖し、
   臓器のほとんどを食い破っていました。
   この世に、こんなにも生命力に満ちた、激しい、力強い生き物があったのかと、
   ほとんど感動を覚えたほどです。
   やがて、腎不全のために、全身がむくみ、
   風船のように膨れ上がっていく母を見つめるうち、
   わたしは考えを改めました。
   母親ほど、強く、激しく、美しい生き物は、ほかにありません。

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雪が降って、妙に安心してしまって、すっかり忘れていたのですけれど、
ふと思い出して見に行くと、すっかり落果して落ち葉に埋もれていました。
用途が限られているのですから、かりんは2本はいりません。
どんなに作がよくっても、過去の自分におすそわけは出来ないのです。
硬い果皮に守られて、おおかた損傷もないので、
空箱につめるだけ拾い集めて持ち帰りました。

かりん酒とジャムを作りましたけれど、
シロップを漬けるかどうかは、思案中。
滅多に風邪もひかないわたしは、きっとそれを使い切れないでしょう。
幼心に、あんなにうらやましかったのに、
自分でいくらでも作れる今は、それほど欲しいとも思わないのは、
一体どうしたことでしょうか。
本当に欲しかったのは、甘い甘い、かりんシロップではなかったのでしょうか。

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