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2012.02.04 春立ちける日
      二条のきさきの春のはじめの御うた
雪のうちに春はきにけり 鶯のこほれる涙いまやとくらん

        『古今和歌集』巻第一 春歌上


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中学生のころ、クラスになじめなかったわたしは、
休み時間ごとに、誰もいない図書室にこもるのが好きでした。

いつも読んでいたのは、伊勢物語絵巻からの抜粋を扱った図解です。
目を引いたのは、大和絵ではありません。
業平の絢爛豪華な歌の数々と、破天荒な生き様に陶酔し、
田舎の図書室でひとり、想像力を逞しくしていたのでした。

伊勢に登場する有名無名の女たちの中で、
破格の扱いを受けている二条ノ后、藤原高子(たかいこ)と、
彼女にまつわる『鬼ひとくち』の一連の物語は、特にわたしをひきつけました。
許されぬ恋の果てに、おとこが女を盗み出し、
命からがら芥川までおぶってきたが、思わぬ雷雨に遭い、
東屋で雨宿りしているうちに、女を鬼に食われてしまうという顛末です。

伊勢には、これは在原業平が、東宮に嫁ぐ予定の藤原高子を連れ出したが、
高子の兄の基経に彼女を連れ戻されてしまった一件を、
鬼のしわざになぞらえたものである、との但し書きが添えられています。
また、後半には、後年再会した老業平が、
二条ノ后に意味ありげな歌を贈るという1段も見えます。

一連の事件で、業平が高子を想って詠んだ歌が、実に素晴らしいのです。
慟哭するように、魂を振り絞って詠んでいる。
けれども不思議なことに、高子のほうは一度も歌を返していません。
歌を詠んでいないということは、彼女が心の内を明かしていない、
ということではないでしょうか。
ただの一度も、血の通った生々しい声を上げることを許されなかった、
孤独なファム・ファタル。

藤原一門の中に、入内するにふさわしい年頃の娘は、この時期高子一人しかなく、
彼女が皇太子を生んだことで、身内から人臣初の摂政・関白が輩出されたのでした。
道長へと続く、藤原氏の栄華の道を拓いたのは、高子だったのです。
一方で、晩年には、スキャンダルによって皇太后を廃されるという異例の扱いを受け、
政治に翻弄された生涯であったことがうかがわれます。

藤原高子の歌は、古今集の巻頭4番に見える立春の歌、ただ1首しか伝わっていません。
それ以外には、彼女が実際に、どういう女性で、何を考えていたのか、
知る手立ては、伊勢の中にすら残されていないのです。

涙というひと文字に、つい、すがってしまいそうになりますが、
全体としては平明で、感情の発露を見出すことは難しいのではないでしょうか。
業平が彼女のために詠んだ、甘く、激しく、きらびやかな歌の数々に比して、
この歌の凡庸さが、かえって高子の心の闇を映しているようで、
なぜだか、そら恐ろしくなるときがあるのです。

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