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23歳の夏は厳しい夏だった。
どう生きたいのか、自分を見失って、
漠然と流される覚悟もなく、完全に立ち往生していた。

それまでわたしには、自分がどうしたいのかわからない、
という経験がなかった。人生などという大それた言葉を持ち出すまでもなく、
自分が今どうしたいのか、それはいつもわかっていたし、
正しいかどうかは別として、わたしは直感に従って進んできた。

どうやってあの厳しい夏を切り抜けたのだったろう?
覚えているのはひとつの後姿だ。
否、わたしはそれを見たのではなく、思い描き、鮮烈に記憶したのだ。
わたしが実際に見たのは山ん田(やまんた)だ。
小佐渡の山頂に程近く、水源から溢れ出たばかりの、
細く険しい渓流が、傍らをさらさらと流れ落ちていくような、
山深くに、奇跡のように現れた山ん田の風景だ。

その田んぼを作る者しか使わない、木立の奥へ分け入る山道の先に、
ひとところに、わずか10株ほどが植わるだけの、小さな棚田が斜面を昇っていく。
一枚一枚、丹念に塗られたあぜ、舐めるように刈り込まれたあぜ草、
こわ水(湧き出してすぐの冷たい水)がかりで、セミが歌う夏だというのに、
平地のものよりもずうっと背の低い、ちぢこんだ稲。
そこに初めて至ったとき、
時間が止まったようなこの山ん田を作る人の後姿が、
そのひとが、まだ薄暗い朝の冷気の中を、粛々と、山道を下って、
山ん田を差し目指す、その光景が、
フラッシュバックのようにわたしの脳裏をよぎり、そのまま焼きついたのであった。

あのとき見た山ん田のことを、10年も経た今になって、毎日のように考えている。
ああいう山ん田は、わたしが子供の時分には、家の周りにも広がっていて、
主に祖父が手入れしていたが、彼が死んで、ほとんど放棄してしまった。
10年前でも珍しかったが、今となっては、観光目的でなく、
誰にも知られることのない、本当の山ん田というものは、
もうこの島には残っていないのではないか。
そう思うと矢も盾もたまらず、わたしは全く、
よい写真を撮ろうなどということには興味がないのだが、
まだ、ひとつでも残っているうちに、
山ん田の四季を追い、記録に残したいと考えるようになっていたのだった。

21世紀にこんな桃源郷が残っていたのかと、目を疑ったほどの、
いつ放棄されるとも知れぬ山ん田である。
今年こそ最後のチャンスかもしれない、と思いながらも数年を見送ったが、
先日、意を決して、あの夏に見た山ん田を訪ねた。

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地名を聞けば誰しもが、国仲の最奥、と思う土地のさらに奥である。
夏でもそこを通る者はほとんどなく、冬は完全に雪に閉ざされてしまう。
かんじきを履いて、ノウサギやらの足跡だけが、点々と残る雪原を歩く。

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最後の人家のあるところから、うろ覚えの道を、1時間あまり歩いて、
ようやく目指す山ん田に至った。

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なにもかも以前のままだ。雪が山ん田の曲線を浮かび上がらせている。
だが少し遅すぎたようだ。昨年のあぜ草が茫々に伸びたまま枯れている。
水がぬるんで現れた水源近くのぬかるみに、刈り残された稲の株の代わりに、
雑草が沈んでいるのが見える。

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失望は深かったが、予期していたことでもあった。
いつのまにか、この山ん田も放棄されてしまったのだ。
作り手の高齢化を思えば、無理からぬことだ。
誰が責められるだろう。それどころか、
そこを守り続けていたことは、誰からも讃えられず、
ほとんどの人には知られてもいなかった。
そんなことのために作り続けていたのではなかった。

今、山ん田は静かに山に還っていく。
動き始めた春の水が、老いた農夫のかわりに、
何かの雑穀を運び、今年も山ん田に種を蒔く。

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不思議なことだが、当初の目的を、わたしはあきらめていない。
あんな素晴らしい山ん田は他にはない、と思う気持ちもないではないが、
わたしは、あの夏に見たような山ん田を、
生きている本物の山ん田を、もう一度探してみようと思っている。
それはもしかしたら、まだ、この島のどこかに息づいていて、
今年こそが、絶景に出会える、最後のチャンスかもしれないのだから。

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ただひとつ確かなことは、最初に考えていたよりも、
山ん田の四季を巡る旅は、もっと長くて、険しいものになりそうだ。

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