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2012.04.11 種蒔く猿
種まきの当日にまで雪に見舞われて、春は一体、
いつになったら来るのかと気をもみましたけれど、
残雪に覆われた金北山にも、“種まき猿”が現れました。

かなりうろ覚えなのですけれど、親切にしてもらったお礼に、
種まきの適期が来たら、毎年きっとお知らせします、
と約束して山に帰った猿がいたとか、いないとか。
山頂の真下付近の谷の上部に、∧な感じで現れている黒い部分が、
種を蒔く猿の横向きの姿に見えるのです。

IMG_5057_convert_20120414233531.jpg

見えましたか!?
見えたあなたは、きっと素敵なひと!!
これがどうしても猿には見えなくて、とにかくこれはこういうものなのだ、
と自分を納得させるのに長い年月がかかりました。

“種まき猿”ちゅうんは、どれんことだか、さっぱり知らん。
そんなふうに、あっけらかんと宣言する老農婦には、親近感が涌いてしまいます。
そもそも佐渡には、サル、いませんしね。

佐渡にいないはずのサルが、どうして、
種まきという、極めて重要な場面で登場するのでしょう。
もしかしたら、稲作が渡来した当時は、佐渡にもいたのいかもしれません。
実際、シカやイノシシなどは生息していたようです。
それらの大型動物は、なんと、縄文期の佐渡人が食べつくしてしまったのだとか。

あるいは、『古事記』にも猿の姿をした神様、
「猿田比古(猿田彦/サルタヒコ)」が登場するように、
農耕民族と猿は、切っても切れない深い仲なのかもしれません。
天狗の原型とも考えられている巨大な猿の神様は、
天孫降臨の際に、ニニギノミコトを先導したと伝えられています。

サルタヒコはのちに、海で漁をしているときに、巨大な貝に手を挟まれ、
そのまま海の底に沈んでしまいます。
猿は山の生き物であり、本来の領分を忘れ、境界を侵して、
海の食べ物を得ようとしたために、罰を受けたのではないでしょうか。
山の民と海の民が厳密に区別されていた古代社会の、
一種の寓話と見るのは、うがちすぎでしょうか。

山と海の距離が近いために、海の民が山の民でもあり、
ふたつの文化圏の区別が曖昧なのが、佐渡の民俗の特徴であるといわれています。
サルは絶滅してしまいましたが、
山と海を自在に行き来する猿田比古は、
この島でなら、生き残れたんじゃないかしら。
導きの神であり、さきがけの神でもある、大きな猿の神様、
いまも一番高い山の頂から、島の百姓たちを見守っています。

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