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この日を生きるために生まれてきた。

4月15日は、島内の多くの地区で、春の社祭が開催される日です。
わたしにとって、いいえ、
すべての佐渡っ子たちにとって、血沸き肉踊る一日です。

その日は前日からすでに始まっているのです。
夜の深まりと共に、ヌエも鳴き止むころ、
垂れ込めた闇のとばりが重くのしかかり、
息をするのも苦しいような午前0時が巡ります。

そのとき、
まさにそのときを、わたしは待っています。
鬼太鼓の打ち出しの音が、谷伝いに、北向きの斜面を駆け上がって来るのです。
広い国仲で、誰が一番乗りに打ち出すのか、
その機を互いにうかがうような、深長な沈黙を打ち破って、
ひとところが打ち出すリズムに、遅れまいと、ひとつ、またひとつ、
いくつもの組の太鼓が重なり合い、遠雷のようにこだまする一瞬、
そのときからわたしの祭は始まるのです。

夜半の打ち出しは、サラリーマン家庭が大半となった現代にはそぐわず、
街場では、早朝の打ち出しが優勢になってきているようですが、
それでもまだ、いくつかの集落では、むかしながらの打ち出しを踏襲しています。
前年の花代(ご祝儀)の安かった家は、
未明の訪問という報復を受けると聞いておりますけど、真偽のほどは、どうかしら。

4月15日には、毎年仕事を休んで、一日中、
あちこちの鬼太鼓について歩くわたしは、この打ち出しの音を聞いただけで、
眠れなくなるくらい興奮してしまうのですけれど、
かと言って、聞かなければ祭が始まらないような、
肝心なところを逃してしまうような、そんな気がして、
今夜もじっと息を殺して、深い深い闇の彼方に、
耳を澄まさずにはいられないのです。

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