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4月15日の祭のハイライトは、なんと言っても、
小倉(おぐら)の鬼太鼓のお宮入りです。
わたし、国仲っ子のはしくれとして、
国仲系の鬼太鼓を贔屓にしておりましたけど、
とにかく一度見てみるようにとすすめられて、小倉のお宮入りを見てから、
地元でもないのに(近隣なのですが)、とり付かれたように毎年通っているのです。

多くの山間集落のご多分に漏れず、山を下りた家も少なくないのですが、
この日ばかりは誰も彼もが舞い戻ってきて、わたしのような野次馬も加わり、
なかなか、奥山とは思われない盛況振りです。

4組の鬼太鼓を出しているのは、集落の中心に鎮座する物部神社です。
物部神社は、あまり知られていませんけど、
延喜式にも記載があって、佐渡では最も格式が高く、一ノ宮よりも上位とされています。
県内では弥彦神社に次ぐ格づけです。

そんな由緒を知らずとも、物部神社のお宮入りをひとたび見れば、
今もこの日を中心にめぐる、山びとたちの日常、
老いも若きも心をひとつにして、待ち望んだ春の到来に魂を爆発させる、
祭の原風景とも言うべき光景に、胸打たれずにはいられますまい。

例年では、19時頃に、小倉小学校のあたりに集合して、川沿いの道を、
太鼓を打ち鳴らしながら、神社へと登っていきます。
鳥居の前に獅子が勢ぞろいすると、
『けやり(木遣り?)』が唄われ、お宮入りが幕を開けます。
獅子の前方で、鬼たちが手拍子で唄いながら、挑発するのです。

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『けやり』をよくよく聞いていると、それは「八幡さん」の唄であり、
かつて同地にあった八幡神社と、物部神社の祭事が合併された経緯と、
関係あるのではないかと思うのですが、詳細はわかりません。
押したり引いたりの末、鬼の結界を破って、獅子が本殿になだれ込みます。

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小倉の獅子の出番は、これでおしまい。獅子舞は見たことがありません。
獅子は八幡さんの御使いなのかしら。

境内に4組が並び、鬼が舞います。
小倉の鬼太鼓は前浜系の神楽で、奉納タイプのお宮入りです。
夜の山郷とは思えぬ盛況ぶりで、この日ばかりは、限界集落の憂さも吹き飛んで、
ほの暗い谷あいに太鼓と笛の音が響き渡ります。
今年は本殿の上で見物しましたけど、
本当は下で、最前列で腰を落として見るのが一番迫力があるのです。
足を踏ん張って動きが止まる一瞬に、わらじが、じゃっ、と音を立てて砂埃を上げる、
その砂がかかるような場所が特等席です。

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けっこう若者がいるので、鬼は20代が多いようです。
鬼がひと舞いすると、「たすき」と呼ばれるOBの出番。
鬼を引退したあとの、血気盛んな壮年たちで、鬼太鼓にかける情熱は誰にも負けません。

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1日中踊りっぱなしの鬼より、体力も残っていますし、
まだまだ踊れる若さを見せたい「たすき」たちの舞いも、
ただの中休みと馬鹿には出来ぬ見事なものです。

最後に鬼がひと舞いすると、割れんばかりの拍手と共に、
ほう、と誰しもが深いため息を吐かずにはいられません。
また今年も、お祭が終わってしまった。
血沸き肉踊る長い、長い1日の、その最高の瞬間が、
過ぎ去ってしまった。

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鬼たちは抱き合って互いの労をねぎらいます。
子供たち、我が子もよその子もみんな、花形の鬼に駆け寄ります。
そういう祭の後の雰囲気もいいものです。
小倉っ子たちは、鬼太鼓によって、縦にも横にも、深い絆で結ばれています。

境内の桜は、今年はいつまでも寒くてまだ固い蕾でした。
里よりも遅れて、咲き始めの数輪が、
闇にぼうっと浮かび上がっていることが多いのです。
満開なら、太鼓の鼓動に合わせて、はらはら、
舞い狂う鬼の上に散りかかっているのは、まるで夢を見ているよう。
ときに、すっかり散り敷いた桜が、境内を一面に覆いつくしているような夜は、
つむじ風に巻き上げられた、薄紅の花びらが、
鬼たちを包み込むように見えて、この世のものとも思われず、
花も鬼も人も、なにもかもが幻想的で実に美しいのです。

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