上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このテーマを思いついたのは、海辺の小さな小学校に通う、少女の何気ない質問がきっかけでした。
佐渡で一番キレイな魚は何ですか?
わたしが聞かれたわけではありません。総合学習を担当したベテランのダイバーがそう問われて、
その方は大人と子供を区別して、子供だましの返答などしない方でしたから、
食べておいしい魚や、高く売そうな魚を見ると、スゴイなあと思う。
と答えて父兄を笑わせたそうです。
少女はわかったような、わからないような曖昧な表情でした。
一見何てことない無邪気な質問ですが、不思議と胸に残りました。

少女はどのような返答を期待していたのでしょう?
わたしも一応は、かつてひとりの少女でしたから、
大人に堂々と質問できるくらい、度胸ある小学校高学年の女の子が、
無知な幼子だとはどうしても思えません。
もしかして彼女はこういう答えを期待していたのではないでしょうか。
テレビや水槽の中でしか見たことのない、色とりどりの愛らしい熱帯魚が、
佐渡の海にも泳いでいると。今日、海に入れば、それを間近に見ることが出来ると。

もしわたしだったら、どう答えていたでしょうか。
普段わたしが泳いでいるのは、ごく浅い海水浴場がほとんどですから、
滅多に聞かれもしないのですが、これは案外手ごわい質問です。

真っ先に思い浮かべたのは、いつかの春先、
夜の加茂湖で弟が釣り上げた、90cm級のスズキです。
たまたま飲み会の迎えに行って、大潮だし、ひと竿振ってから帰りたいというので、
わたしは釣りは全く、周囲もあきれるほど徹底的にしないのですが、
そう時間のいることでもないので、一度だけ付き合ったことがあったのです。
加茂湖の湖口では、80cm以上のスズキは、珍しくありません。
実際その前の週にも、弟はひと晩で2本釣り上げていました。
そんな幸運が続くわけもないだろうとたかをくくっていたのですが、
なんと第一投から釣果があったのです。
薄暗い街灯の下でした。巨大な銀色の魚が水面に浮かんできたとき、
わたしは咄嗟にスズキだとはわかりませんでした。
大きさに驚いたのではありません。
いつも見ている死んだスズキとは、全然輝きが違うのです。

同じことは、この夏、和木でも起こりました。
岸近くの浅瀬をうろうろ泳いでいると、
1mはあろうかと思う、空気の抜けた、銀色の魚型の浮き輪のようなものが沈んでいました。
やけにまぶしいメタリックシルバーで、妙なゴミもあるものだと思って近付いてみると、
まだ、かすかにエラが動いていました。

IMG_7439_convert_20110129234227.jpg

サケガシラという深海性の魚だそうです。
ぺったんこの体型は、浮き袋を持たない深海魚の特徴のひとつです。
動転したわたしが電話などして、10分後に戻ってみると、
もう生きていないことは、一目でわかりました。
先ほどとは、はっきり輝きが違っていたのです。

佐渡では獲れたての新鮮な魚が商店に並びます。
誰もが、魚をよく見て知っているように感じていますが、
新鮮な魚と、生きている魚は別のものなのです。
見慣れたアジやイワシだって、群れ泳いでいるのを目の当たりにしたら、
感嘆の声を上げずにはいられないでしょう。
生きている魚はどれもはるかに美しいのです。

IMG_7680_convert_20110129234501.jpg

死んでしまった魚には何の美しさもないのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
佐渡の川にも少しずつですが、サケが遡上しています。
大きな河川では、上流で命を終えたサケは、森の養分になります。
その量は膨大なので、木々の年輪にはっきり現れます。
森の養分は川の水に溶け込んで、海に注いでいます。
サケのように海と川とを行き来する魚によって、
今度は海の養分が山に運ばれます。サケが森を豊かにしているのです。
佐渡は河川長が短いので、大雨が降ると、
このような死骸が一気に海まで押し戻されてしまうことがあります。
12月の両津湾岸の河口に、何匹ものサケの死骸が打ちあがっていました。
だいぶ傷んでいましたが、まだうっすら、婚姻色の紅の縞模様が見て取れました。
ここで朽ちて、何かしら別の生き物たちの糧になるのでしょう。
死体が朽ちてなくなるということは、ほかの生き物によって消費されるということです。
ひとつの死は無数の生を養っています。
こういう言葉が好きです。死んだ木のない森は死んだ森である。
海は溢れんばかりの生命によってだけでなく、
数え切れないほどの死によって輝いているのです。

熱帯性の魚は佐渡でも見られます。
主に秋から冬にかけて、それらは温かい潮の流れ、暖流に乗ってこの島にたどり着きます。
浅い海でもっともよく見かけるのはオヤビッチャです。
10cm程度の大きさで、きっと、南の海では地味なほうの魚でしょうが、
佐渡では、やはり目立ちます。大群で泳いでいることも珍しくありません。
わたしの知る限りでは、ソライロスズメダイやアイゴはしばしば見かけます。
スキューバダイビングをする人たちは、もっと多くの熱帯魚を報告しています。
このような南からの訪問者たちは、冬が来て、水温が下がると皆死んでしまいます。
このため死滅回遊魚などと呼ばれます。

IMG_7857_convert_20110129234722.jpg

熱帯魚の派手さには及びませんが、磯の岸近くの魚たち、
メジナの青や、スズメダイのとび色、キヌバリの透き通ったコーラルオレンジ、
ナベカの金色、ベラ(キュウセン)のマルチボーダーピンクなんかも、心惹かれる色彩です。
なかでもスイという魚は、わたしの好みです。
小さい魚ですが、長い顔に幾何学的な万華鏡模様が浮かんでいるのです。

つらつら列挙してきましたが、
すべての魚が美しいなどという返答は、当たり前すぎてユーモアが足ません。
一年に100日程度は海に向かいます。たくさんの魚たちとの出会いがあります。
それでもまだ知らない魚が無数にいるのに、たった一匹を選び出すのは至難の業です。
思い切って、この一年に焦点を絞って考えましょう。
目を閉じると、うだるような暑さが蘇ってきます。

IMG_7296_convert_20110129235056.jpg

昨年の夏は記録的な猛暑でした。
8月、間借りしている家の大家さんの一家が、本土から帰ってきます。
ひと夏をこの島ですごすためです。その間、わたしは実家に戻ります。
一年ぶりに会う長男坊は、5歳になっていました。
その子の要望で、釣りに行くことになったのですが、
5歳児と妹の2歳児が、安全に釣りを楽しめるような場所は、わたしの知る限り、加茂湖しかありません。
一家4人と、わたしと、釣りの師匠の弟(繰り返しますが、わたしは釣りは全くしません)で、
湖畔の鳥崎へ、ハゼ釣りに出かけました。

鳥崎は、加茂湖の湖岸がほとんどそうであるように、すっかり矢板に囲まれてしまっていますが、
アサリのよい漁場でもあるので、案外いつでも、地元の人たちが入っています。
その日に限っては、珍しく貸切でした。水の側にいるとは思えないほどの熱気でしたが、
嵐の前で、風があったのには助けられました。

わたしが釣りをしない最大の理由は、待てないからです。
せっかちな性分もあるのですが、根本的に人間性が幼稚なのです。
5歳児にとっても厳しい試練でしょう。キスやハゼを、弟はどんどん釣り上げるのですが、
男の子はなかなか得られません。
誰しも幾分飽きたような気色になった頃、自転車に乗った4人の小学生がさあっと現れ、
2人は泳ぎ、2人はわたしたちに並んで釣りを始めました。

声をかけると、明るくはきはきとした答えが返ってきます。
市街地のほうから、自転車で加茂湖を一周しに来たのだとか。
釣らないわたしは当然、泳ぐ支度をしてきているので、水中メガネを貸してあげました。
夏の加茂湖はよどみがちで、湖奥という場所柄もあって、かなり強い濁りが入っています。
少年たちは気にする様子もありません。
見えねーっ!などと叫びながら、水中メガネをはめて交代でもぐります。
小麦色に焼けた小鹿のような彼らのまわりを、
シアンブルーの背を光らせながら、コハダの群れがすり抜けていきます。

釣り組のふたりはなかなかの腕前でした。
次々にキスを釣り上げます。そのたびに、幼子はうらやましそうに近寄っていきます。
どちらも無言です。小学生の男の子と見知らぬ幼児では、交流は難しいでしょう。
最後に釣り上げた一匹は、かなり大きなキスでした。30cm近かったと思います。
少年たちは魚を持ち帰る用意をしてきていません。
リリースするか、道端に放って行くのだろうと見ていると、
つかつかと歩み寄ってきて、大家さんの息子に差し出してくれました。
これ、あげるよ。
あどけない少年の手に乗せられた、釣りたての、きらきらした宝石のような大きなキス。

そのキスが、わたしがこの夏に見た魚の中で、
確かに一番美しい一匹でした。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://hirukonoama.blog129.fc2.com/tb.php/34-5e91d1b3
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。