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マルチフリーターという肩書きは気に入っています。
来月に向けて少し整理することになるでしょう。それでももし叶うなら、
続けていきたいと思っていることもあります。
金銭的な事情ではなく、捨て切れないものがあるからです。
最近、「断捨離」なる言葉を見かけます。そのように生きるほうが楽に違いないとも思うのですが、
捨て切れない、ということが、いつもわたしを前に進ませてきました。

塾のアルバイト講師をしています。塾の先生、というのはそれなりに聞こえのいい仕事かもしれません。
わたしが塾で働くのは、いよいよ切羽詰っているときです。
今も、そういう状況だから講師をしているのです。
得意なのは数学です。理数系の講師は少ないので、いざというとき、すぐに職にありつけるのです。

中学生の頃、数学(と体育)だけは5でした。
10段階評価の5です。他の教科で、8より下をとったことはないと思います。
ルート(平方根)の足し算ができませんでした。覚える気もありませんでした。
なまじ他の教科ができるばかりに、数学の先生はいつも、
苛立ったような目でわたしを見ていました。

当然、高校に行ってから苦労しました。
最初の2年間を担当してくださったのは、開校当時から勤務しておられる退官間近の老先生でした。
この幸運なめぐり会いによって、数学を受け入れられたことは、
わたしの人生に起こったひとつの奇跡と言えるかもしれません。
どんなものでも、心を込めなければ、真実は見えない。
そのことを、わたしは数学から学びました。
退官されるとき、恩師は残りの人生の展望を語ってくださいました。
古代ギリシア語を学び、エウクレイデス(ユークリッド)の『原論』を、原文で読むこと。
講義中はまず笑顔を見せない厳しい先生でしたが、時間外に話すときには、
終始照れたような微笑を浮かべていました。
ひとつひとつの数字を、慈しむように、とても丁寧に書いていたのをよく覚えています。

結局、苦労したものだけが、血肉になるのだと思います。
今では、あんなに得意だった社会や国語は、なにひとつ覚えていません。
数学だけが残りました。
苦手だったおかげで、生徒たちがつまづいてしまう気持ちもよくわかります。

血筋から言えば、どちらに転んでも理系ですが、
わたしが数学ができなかったのは、絶対父ゆずりです。
わたしという人間は、99%父親のコピーです。このことは家族全員が認めています。
母は、数学ができました。弟はその資質を受け継いでいるので、苦労しなかったようです。
病床ですら、彼女は数学の素晴らしさを語っていました。
たった1%でも、母が残してくれた偉大な財産です。

ちょうど受験シーズンで、たくさんの中学3年生が通っています。
15歳の少女は大人ですから、人の話を聞くことができます。
手に負えないのは少年たちです。解説を全く聞かないばかりか、気に入らないことがあると、
すぐにふてくされて、出来ません、と言ってそっぽを向いてしまう。
こう書くと、いかにもわたしが嫌われているように感じるでしょう。
そうなのかと思って、落ち込みもしたのですが、どうもそうではないらしいのです。
完全にナメられているのは確かですが、彼らは自分のことは話したがります。
今日なにがあったとか、先生にこう言われたとか、放課後はどんなふうにして過ごしたとか・・・
嬉々として話しています。まったく心を許し切ったような顔をするので、こちらがうろたえてしまいます。
こういう傾向は、中学1年生くらいの男子に見られることは、知っていました。
つまり彼らは、成長期を終えて見た目には大人同然に見えるけれども、
中身はまるで子供なのです。そうだと納得するのに、かなりの時間がかかりました。

思春期の男の子を持つお母さんの気持ちが、ちょっとだけわかったような気がします。
やはり異性なので、簡単に理解できないのかもしれません。
15歳の少年ほど、アンバランスで、神秘的で、腹立たしい存在はありません。
わたしはきっと、いつも苛立ったような目で彼らを見ているに違いありません。

いつか彼らにも、そういう目で誰かを見つめるときが来るのでしょうか。
そのとき、老いがあるから若さが輝くのだと、悟るのでしょうか。
そして今彼らが、しばしば無価値なものの代表としてあげつらい、
ぞんざいに扱っている数学のようなものですら、
思い出に溢れた、人生の宝になりうるのだと、知るときが来るのでしょうか。
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