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死を待つ病院のベッドの上で、母は時折、1冊の小さなノートに、
ふと思い出したように、何かを必死に書き付けていました。

彼女の死後に、初めて目にすることを許されたわたしたちが、
それを開いてみると、読み解けないようないくつもの歪んだ線の間に、
ミミズが這ったようなつたない文字で、誰に宛てたものか、
『ありがとう』と書かれてあったのが、かろうじて判別できました。

それが、かえって罪の烙印のように心に焼きつき、
家族の誰しもが、そのノートのことは忘れたふりをして、
自分ひとりの心の奥に、頑丈な鍵をかけてしまいこんだとき、
まばゆい夏もまた、一緒に閉じ込めてしまったのかもしれません。

末期ガンの女性が、死ぬまでにやりたいことのリストを作って実行する、
という映画がありましたけど、
母の悪性腫瘍は、ガンよりもはるかに進行が早かったので、
ノートに書かれていたのは、「生まれ変わったらやりたいことリスト」でした。

そこには、ひらせいのカードを作るとか、炊飯ジャーを買うとか、
人生最後の望みとは思えないほど、平凡な夢ばかりが列挙されていました。
それらの、夢とは呼べぬほど平凡な希望すら、
叶えさせてやれなかった自分たちのふがいなさに、
誰しもが打ちのめされたのでした。

リストの最後に、『くわのみじゃむ』と書かれていたのを、
妹は何のことか見当がつかず、首をひねっていましたけど、
わたしはすぐにわかりました。
いよいよ死の足音が迫っていたころ、
山の家の前の若い桑の木に、桑の実が数個、黒く色づいていたの採って行って、
めっきり食欲の落ちた母に食べさせたことがあったのです。
おそらくそのときに、このどこか懐かしい、少女の日の記憶と結びついた、
初夏の恵みでジャムを作るという着想を得たのでしょう。

母のノートの記憶と共に、夏の輝きを取り戻したわたしは、
さっそくこのジャムを試してみることにしました。

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わたしが幼い時分には、皆が競って食べていたので、
いつも満足するほどには得られなかったクワの実も、
今はそもそも子供がいないので、打ち捨てられたように忘れられています。

でも、実際に集めてみると、
ひと粒ひと粒がとても小さいので、まとまった量を得るのは容易ではありません。
さらにやっかいなことに、クワはおいしいけど、ヘチガネもクワが好きなのよ、
と言っていた母の言葉どおり、どの枝先の葉裏にも、
カメムシの子供たちが身を寄せ合っています。

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どんな生き物にも、子ども時代があるのですね。
カメムシは、人間にとっては厄介者ですけど、
母親が寄り添って、小さな子供たちを守るという、愛情深い一面があるのです。
おかげでクワの木は、大小様々、種類も多様なヘチガネたちの巣窟です。

降りかかるヘチガネと格闘しながら、やっとの思いで集めたクワの実を、
赤ワインと砂糖を加えてさっと煮ます。
わたし、クワの実の果梗が好きなんです。
枝にぶら下がるための、茎のような部分ですけど、あえてとらずに使います。
あまり煮詰めすぎずに、クワの独特の食感を残しました。
完熟したものだけで作ると、甘すぎて風味がイマイチなので、
1-2割くらい、未熟な赤いものを混ぜると、ほどよい酸味が出るようです。

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ブルーベリージャムに近い雰囲気です。
クワの独特の粘りを感じる食感なんですけど、煮詰めていないせいか、
あまりとろみがつかなかったので、少々ペクチンを加えました。
ジャムって、作りたてより、少し寝かせてからの方がおいしいと思いません?
クワの実の季節が終わるころが、ちょうどジャムの食べごろです。

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