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薪ストーブに火を入れるころが近付いてきました。

わたしの生まれた家は、築30年ほどなのですが、
囲炉裏のある家でした。建て替えのときに、父がこだわったようです。
土間にはかまどとぬか釜があって、
わたしが子供の頃には、どちらも現役でした。

囲炉裏に火を入れる日には、なんとはなしに、
家族がその周りに集まったものでした。
祖父の膝に乗せられて、火を見ているだけで幸福でした。

わたしは、世間ほど、祖父っ子ではありませんでしたけれど、
火の番は家長の役目と決まっていました。
祖父は厳しい人でしたが、おちゃめな一面も持ち合わせていました。
明滅する小さなおきを灰に突き立てて、これは火の神様、と教えられ、
疑いもなく手を合わせては、「にょうにょう、あん!」と謎の呪文を唱えさせられていたのも、
懐かしい思い出です。
(我が家は真言宗です、念のため)

そのころは、月に1回以上は火を入れておりましたけど、
家族がひとり減り、ふたり減りしていく毎に、その機会も減っていきました。
囲炉裏というのは、大家族のものだと、わたしには思われます。
かつては四世代9人の大所帯でしたけど、父と弟だけとなった今では、
年に1度火を入れるか入れないかになりました。
火を入れないと、灰がダメになると聞いています。
そうして囲炉裏は、ひそやかに死んでゆくのです。

かまどは早いうちに壊しましたけど、ぬか釜は長らく生活の中心でした。
ぬか釜、というものを、ご存知でない方も多いでしょう。
簡単にご説明しますと、もみがらで火を炊く鋳物のかまどです。
普通の煮炊きはガスコンロでしたけど、
21世紀に入ってからも、ご飯にはぬか釜を使い続けておりました。

母の余命が残り少ないとわかって、入院してから、
わたしはすでに家を出ていたのですけれど、
ある日、実家に戻ってみると、父が一生懸命ぬか釜でご飯を炊いているのです。
父は電気屋さんで、長らく修理の仕事を生業としていたのに、
炊飯器でご飯を炊いたことがなかったのです。
そのときほど、胸が詰まる想いがしたことはありません。

この囲炉裏端も土間も、家族の幸福の象徴だったのに、
いつのまにか、死んでいった人々の思い出が、
隙間風のように吹きすさぶ、寂しい場所に変わっていたのでした。

職場にキャンプの好きな方がいらっしゃって、時々話すのですが、
その方の話している火と、わたしの見てきた火が、あまりにも違うものなので、
愕然とするときがあります。
語弊を恐れずに言うなら、そのひとにとって、
自然は娯楽の対象であり、火は娯楽の道具なのです。
わたしが見てきたのは、確かに生活のための火であって、
自然は生活の場です。人の生き死にもまた、生活の中にあるのです。
わたしは最後には、いつもちょっと黙り込んでしまいます。

もう少し寒くなったら、薪ストーブに火を入れましょう。
生活の火をともしましょう。
囲炉裏は死んでしまったけれど、
ストーブの窓から、今も火の神様が見ています。

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