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月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして

月を見、花に憂えて、
過ぎていった幸福な日々の、
二度とかえらぬことを嘆く、美しくも悲しい歌です。

歴史上の人物で誰が好きかと聞かれたら、
いえ、実際にはそんなことは、まず聞かれることはないのですが、
わたしは在原業平と答えます。

古今和歌集では、次のように評されています。
「その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくてにほひ残れるがごとし」
(業平の歌は、情熱が勝っていて言葉が追いついていない。
 色あせ、しおれてしまった花が、まだかすかに芳香を漂わせているような趣である)

古来、伊勢物語の主人公と同一視されてきた業平は、
平安のカサノヴァとしても知られています。
伊勢物語の業平は、非常に魅力的に描かれています。
理想の男性、と言いたいところですが、
わたしのような狭量な女には、到底手に終える代物ではありません。
せいぜいわたしは「井筒の女」でしょう。

せめて彼の歌のように、
心あまりて言葉足らず。しぼめる花の匂い残れるがごとし。
そんな人間でありたいものです。

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梅雨間近のうす曇りの午後に、初夏の訪問者が舞い降りました。
ウスバシロチョウではないかと思います。
朝な夕なは、あたかも命の限りにさえずる、
アカショウビンの澄んだ声が、もやのかかる谷あいにこだましています。

世界は確実に、夏へ向かおうとしているのです。

業平の歌にはまだ、月があり、花がある。
月もなく、春も行こうとしている今は、
もはや何かをよすがに、嘆くこともままならぬのでしょうか。
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