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認知症介護の現場に戻って、2ヶ月あまりがたちました。
この仕事が、自分に向いているかどうか、
本当のところ、よくわからないのですが、
わたしは根本的に心根の冷たい人間で、すべての他人に対して平等に冷淡なので、
かえってそのことがうまく作用するときがあるかもしれません。

認知症というと、物忘れが一番に取りざたされますが、
実際には、建前や遠慮などの、表面的な理性が機能しなくなり、
むき出しの感情が突発的に爆発してしまう、ということが問題なのです。
そもそもわたしは、表面を取り繕うことの不得手な、感情的な人間ですから、
そういう点でも、彼らに近いものを持っているかもしれません。

認知症介護とは、高度にマニュアル化された、
コミュニケーション学の実践の場である、と感じています。
人間同士が、言葉や体裁によってではなく、
いかにして心と心でつながるか。
この仕事は、わたしに絶対的に欠如しているものを、
教え、補ってくれているのです。

前の職場に、とてもわがままで、
職員の悪口を始終言っているような、高齢の入居者がいました。
戦争で夫を失い、働きながら、
障害のある子供と孫たちを、ひとりで育て上げた気丈な女性です。
職員は皆手を焼いていました。
彼女のふてぶてしい態度を、わたしは忌々しく思っていました。

あるとき彼女は転倒し、骨折しました。2週間の入院ののち、
戻ってきたのは、別人のようにかわいらしいおばあちゃまでした。
たいていの場合、入院すると一気に認知症が進行するのです。
幼児に戻ってしまった彼女は、従順で、扱いやすい入居者になりました。
「今の彼女が好き」とはっきり言う職員もいました。

わたしは時々、かつての高飛車な態度や、嘲笑するような視線、
悪意のこもった嫌味などを思い起こしました。
自分はボケてなんかいないんだという精一杯の虚勢、
最期の一瞬まで“強い女”でいたいという秘められた切望、
スプーン1杯の食事にも見せた命がけの激しい拒絶、
それらが失われてしまったことを悲しく思いました。
面倒だと思っていたけれど、身勝手で、不遜で、高慢で、
女の強さや嫌らしさや弱さを全部さらけ出していた、
そんな彼女のほうが好きでした。
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