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2011.06.11 残酷な6月
6月はひたすらに、奇跡を待つしかないときなのでしょうか。
目の前に、どうすることも出来ない理不尽が立ちはだかっているとき、
ほとんど起こるはずのない奇跡にとりすがって、
引きずられるように日々を生きねばならぬのでしょうか。

母が死んだ朝、妹は号泣していました。
弟は放心しているように見えました。父は優しい目をしていました。
わたしはほっとしていました。ほとんど微笑んですらいたかもしれません。
これでもう、起こるはずのない奇跡を待つ必要はなくなったのです。
死の宣告よりも、映画のような奇跡が起こって、
万が一にも助かるのではないかという期待のほうが、わたしたちを苦しめました。
今日からは、あるがままの絶望を受け入れるだけでいいのです。

自然を見ていると、はっきりとわかります。
この美しい世界は不平等で、どんな理不尽もありえます。どんな不幸も起こりうるのです。
そして同じだけの確率で、まったく偶発的に、絵空事のような奇跡を叶えるときがあります。

あの日、見えない津波にさらわれていったわたしの心は、
今もまだ深い海の底に沈んでいます。
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