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どの集落にも、いわば、
集落の中心と呼べるような場所があるものですけれど、
それは、お寺だったり、神社だったり、
あるいは橋だったりすることが多いように思います。

もう、ずいぶん前になりますけど、内浦のほうで、
夏の間だけ使う、丸太の橋を架けているのを見たことがあります。
集落の力自慢が総出で作業しておりましたけど、
だいぶ難儀しておりました。

そのとき初めて、いつも何気なく渡っていた橋というものが、
いかに壮大なものか、思い知ったように思います。
今は埋め立てられて川でなくなった場所にも、
橋という地名が残っている、という話も聞いたことがあります。

川のこちら側とあちら側をつなぐ橋がなかったなら、
両岸は別の集落であったかもしれません。
橋というものが、なんとなく、
向こう岸の所有物のように感じてしまうのはわたしだけでしょうか。
あちら側に用のない人間には、
踏み込むことの許されない聖域のように思われるのです。

わたしの生まれ育った集落にも、そんな橋があって、
かつては、幼心に近寄るのもはばかられたものですが、
いつしかあちら側の人間になって、橋を渡るのが日常になってしまうと、
そんな神聖な気持ちも薄らいでしまうものです。

それでも橋を渡るたびに、あちら側の領域に入ったと感じたり、
こちら側へ帰ってきたと安堵したりすることが、
今でもしばしばあるのは、不思議なものです。

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