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2011.06.24 夏はよる
夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。
また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。
                                         枕草子


今夜、下界から上がってくる途中で、ホタルを見ました。
驚きました。昨日、佐渡には記録的な大雨が降って、川は増水し、
いつもなら澄み切っている渓流にも、泥水がごうごうと流れています。
この大水でみんな流されて、今年はホタルを見ることなく、
すっかり時期を逸してしまったものとばかり思っていました。

ホタルを見ると、枕草子のあの有名な一節よりも、

ほ、ほ、ほたる、こい。

という懐かしい歌が口を突いて出てきます。

ガスのかかっているような少し肌寒い夜でした。
今住んでいる山間の集落は、いわゆる限界集落なので、
作付けしている田んぼももう残りわずかなのですが、
その一枚に目を凝らすと、かすかに水際がまたたいています。
寒かったり、風が強かったりすると、ホタルは空中を舞わずに、
水面近くの稲の隙間に沈んでいることが多いのです。
どういう加減なのか、ふわっと、光のかたまりが浮かび上がるように光るときがあって、
そういうときには、和泉式部の歌を思い出します。

ものおもへば 沢のほたるもわが身より あくがれいづるたまかとぞ見る

わたしにとってホタルは祖父の思い出です。
土木作業員だった祖父は、町まで自転車で通っていましたが、
帰り道、汗臭い野球帽に包んで、1匹だけ、ホタルを持ち帰ってきました。
幼かったわたしたち姉弟は、そのホタルを牛乳瓶に閉じ込めて、枕元に置いていました。
幻想的だけれども、力強い生命の光に心奪われながら、
いつしか深い眠りに落ち、目覚めるとなんの変哲もない黒い虫が、
牛乳瓶の底で死んでいるのを見て、魔法が解けたような虚しさをいだいものです。

そのとき布団の中で、確かに見ていたはずのホタルの輝きは記憶にはなくて、
ビンの底で仰向けに転がっていた、小さな虫の姿が脳裏に焼きついています。
それから薄闇の中で、ぼろぼろの自転車を引きながら、
幾千もの光に包まれて、野球帽を振り上げている祖父の姿がよみがえります。
彼がホタルをつかまえる姿を、わたしは見たことがなかったはずなのに、
実際に見たものよりも鮮明に思い出されるのは、不思議なことです。

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